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ドリーム小説 いとしい、いとしい、日々でした




躑躅ヶ崎館から、の姿が消えた。

幸村は一人、の部屋を訪れた。がらんとした室内に、当たり前の様にその姿はなく、静まり返っていた。端に置かれた文机の上には、 いつか幸村が贈った、萌木色の小袖が綺麗に畳まれ置かれていた。置いて行かずともよいに、と、まるで己が捨て置かれたように、 寂しさで心が凍りつく。手を伸ばし手に取ると、いつかの日と同じ彼女の香りがふわりとした。 勿体ないからと、数える程しか纏った姿を見た事はなかったが、幸村はその全ての瞬間を思い出せた。時には大助を挟んで、 時には縁側で、二人腰掛け語り合った、在りし日々。されど今は唯一人、全てが色褪せてしまったかのようだった。 今朝、どこか夢現つの合間に見送った、竜の一行の中のその姿が頭に浮かび、幸村は抜け殻の様に、表情を失くした。
が、いってしまいました」
振り向くと、大助が一人、ぽつんと立っていた。
「ああ」
「・・・・・おうしゅうへ、よめにいくのだと」
「・・・そうだ、」
「なにゆえ、おとめにならなかったのですか?」
「本人が行かせてくれと、自ら申し出てきたのだ。には世話になった故、それが望みとあらば、叶えてやるのが道理というもの。 それに、お主も行けと言うたのであろう?そう聞いたぞ」
「・・・・・」
「どうした?」
大助は、きっ、と幸村を睨み付けた。
「だいすけはかんけいございませぬ!」
「な、なんなのだ急に!」
「ちちうえは!ちちうえは、どうおおもいなのですか?!まことに、これでよいのでございますか?!」
「良いも悪いも!!が望んだことだ、」
「ちちうえは、あほうにございまする!!」
「あ、阿呆?!父に向かって何という事を申すのだ!」
「あほうでおおばかものにございまするうっ!」
幸村に向かい、大助は飛び掛かった。ぽかぽかと幸村を叩きながら、興奮そのままに叫ぶ。
「なにゆえっ、わからぬのです、かっ!」
うっうっとしゃくり上げ声を詰まらせながら、尚も大助は言い募った。
「ちちうえはっ、にあえなくなっても、よいのでございますか・・・!」
うえぇぇんと最後には号泣を始めた大助を見下ろし、幸村は動けなかった。そうだ、会えなくなっても、良いはずがない。 泣きじゃくる我が子に手を伸ばせば、 ぱしりと払われ、「さすけぇ!」と叫び、「あらあら派手にやったねぇ」とため息交じりに現れた佐助の足に、 隠れる様にしがみ付いてしまった。幸村は拳を握りしめると、佐助を見た。
「・・・・佐助、しばし大助を頼む」
「どうするつもり?」
「連れ戻す」
「・・・」
「こうなって、初めて、己の心を知るとは、な。阿呆呼ばわりされても致し方ない」
迷惑をかけてすまぬな、と幸村が苦笑いすれば、佐助が「だったら、早く行きなよ」と、追い払うように手を動かした。

幸村は走った。心の霧が晴れて、何もかもが見通せるようになれば、苛立ちも、なにもかも、全て。なんてことは無い、 知らぬ間に、満ちた心が、嫉妬や様々な感情を幸村に与えていたのだ。己の心の内を知った今、求めるはただ一つ。それを手に入れるために、 幸村は走る。




「政宗殿!」
「今頃来やがって」
意外にも、甲府宿と石和宿の中間あたりの茶屋で、早々と政宗一行に追いついたまではよかったが、いくら見回しても、そこにの姿はなかった。
「So late!!ったく、遅ぇんだよ、待ち草臥れたぜ」
店先で一服しながら、呆れた声を出した政宗に、幸村は馬上から飛び降りた。
「政宗殿、これは一体・・・?は、奥州へ参るのではなかったのか?!何処へ、」
「アイツなら、西へ向かった。好いてもいない男の嫁になる気はねぇとよ」
今の幸村には、その政宗の言葉の意味が分かる。政宗は鈍い己の為に、一芝居うったのだ。 の心、そして幸村の心をも知っていて。そういうお前は何のために来たのだと、 政宗は、鋭い視線を送る。幸村は、それを甘んじて受け止めると、政宗と真正面から向き合った。
「政宗殿が、を奥州にと申された時、某、何故こうも憤懣やる方ないのであろうかと、己でも理解できませなんだ。 そこで気付けばよいものを、まこと思い返すに情けなく、痛恨の極みに御座る。我が子に叱咤され、ようやく全てに合点が行き申した」
何もかもが。それを聞いた政宗は、言った。
「それで、答えは出たのか?」
「もう、迷いませぬ」
幸村がそう言うと、そうかと、政宗が何かを示す様に、くいっと親指を後ろに向けた。
「ああそういや、武田八幡だったか――」
寄り道するって言ってたぜ、と続く政宗の言葉を、最後まで聞くことなく幸村は再び馬に飛び乗ると、急げとばかりに馬の脇腹を蹴った。







秋が近いとはいえ、旅装束の中でじっとりと汗が流れるのが分かる。あの日と同じように、は人気のない参道を上っていた。一歩一歩、長い階段の端をゆっくりと進めば、少し息が上がった。 思い返せば、あの日以来、ここに来るのは初めてだった。なんとなく、来るのが怖くて今まで避けていた様にも思う。は社殿前に辿り着くと、旅の祈願として参拝した。長居するつもりもなく、そのまま踵を返し、階段を降り始めようとした時、 辺りが急に暗くなり始めた。
「やだ、雨でも降るのかな?」
傘、ないのに、と空を見上げて、は息をのんだ。違う、これは。
「日、食・・・?」
反射的に、はしゃがみこんだ。見ちゃいけない!ぎゅと目を瞑り、手で顔を覆う。冷や汗が止まらない。時が、恐ろしく長く感じた。 あの日感じたのと同じ、奇妙な感覚が身体に纏わりつき、がくがくと震える。また同じことが起こるのだろうか。 元の世界に戻るのだろうか、それともまた知らない世界へ飛ばされるのだろうか。それとも、それとも。 目を開けたら全部、本当に夢だったなんて、そんな事―、

こわい、いや、こわい、

消えたくない
離れていても、同じ世界にいられるだけで
それだけでよかったの

生きていても、世界が変われば
もう二度と会えない





わたし、また、



失うの?







!!」

手の中で、目を見開いた。
恐る恐る、指の隙間から声のした方を見ると、闇は消えて、眩いほどの光の向こうに、参道を、 物凄い勢いで駆け上がってくる、男の姿が見えた。
「どうして、ここが・・・、」
数段下から、息を切らしながらこちらを見上げた茶色の瞳が、をとらえた。
「迎えに参ったぞ!」
一段一段、縮まって行く距離に、胸が逸る。何故彼がここにいるのか、迎えに来たとはどういうことか。やがて、の前まで辿り着いた幸村が、ふうと深呼吸すると、叫んだ。
「其方がどう思おうが、これだけは言っておく。俺は、縁談は受けぬ!」
何を言い出すのかと思えばと、は思わず眉根を寄せた。
「どうしてですか?!大助様には、母君が必要です!このままでは、」
「なれば、其方がなればよい!」
は、耳を疑った。
「大助の為ではない。俺は・・、俺が!其方がよいのだ!でなければ、」
継室など今後、一生涯いらぬ。そう言った幸村の声が、はっきりと、の耳に届いた。
「この先も、生涯の伴侶として、共に寄り添い、共に生きたいと願うは、其方だけだ・・・」
一目で心奪われるような、激しい想いではなくとも。時に哀しみを分かち合い、優しく穏やかなひとときに、己はきっと、恋をした。
「そんな、こと、」
「こう見えて、俺は我儘なのだ。一度決めたら、突き通す。皆、分かっておる、心配はいらぬ」
「誰も、認めません、」
「俺を信じられぬか・・・?」
首を大きく振る。それでも振り切って、行くべきだったのかもしれないけれど。けれども、には出来なかった。
「・・・・っ私、急に・・・、怖くなったんです、」
「怖い・・?」
「父も、母も、夫も、子も、私が愛した人は皆、いなくなってしまったから・・・。もしかして、私の所為で皆死んだんじゃないかって、 私が居たらまた同じことが起こるんじゃないかってっ、そう思ったら、」
心の奥底で、本当の家族になりたいと、きっと望んでいた。だから、忘れなくちゃ、こんな思いは捨てなければと、必死に思っても、 でも、失いたくない、離れたくないと、もう頭の中は滅茶苦茶で。結局逃げ出そうとした。
「貴方の事が好きになって、だから怖くて、もうそんなの、耐えられない・・・、」
幸村は堪らなくなって、を掻き抱いた。
「怖かったのは、俺も同じだ。手に入れて、また失うは、 何よりも辛い。其故、考えぬようにしていたやもしれぬ。こんなにも、想うておったというに、」
耳元で聞こえる優しい声が、怯えて雁字搦めになっていたの心をとかしてゆく。
「其方の口から、奥州へ嫁ぎたいと聞いた時、俺は・・・、まこと心の臓がつぶれるかと思うたぞ」
腕に抱いて、幸村は思い知る。これが別の誰かの者になるなど、考えも出来ぬ。そんな己の心根に小さく笑いながら、幸村は言った。
「帰ろう、
「わ、わたし、・・・いいんです、か?」
あなたと、一緒に、居て。そう言うと、幸村が小さく笑った。
「何に遠慮する事がある?恥じる必要などない。見送ってきた者たちは、我らが幸せになることを、恨むような者だったか? そうではあるまい?」
彼らを愛した思い出を、捨て去る必要など、どこにもない。幸村は、それでもまだ、不安に揺れる の顔を、安心させるように撫でた。
「幸せになろう、。其方も俺も、幸せにならねばならぬ」
はい、と頷いたの瞳から、涙が零れ落ちた。幸村は親指でそれを拭う。ああ、つい先日も、こうして同じことをした。 あの時も、今も、この瞳は幸村だけを映していたというのに。気付かなかった事に、今更ながら後悔しつつ、幸村はを抱え上げると勢いそのままに、参道を駆け下り始めた。





を後ろに乗せた幸村が館へ戻ると、数人が門の前で待っていた。
「さすけ!ほら、だぞっ!ーっ!!」
馬を操る幸村の後ろからこちらを覗く、見慣れた姿を見つけた大助は、繋いでいた佐助の手を放すと、全力で駆け出した。 幸村に支えられ、馬から降りたの腰に、飛びつかんばかりに思いっきり抱きついた。
「まことにっ、かえってきたのだな!」
ぐしぐしと鼻を啜りながら、もう離すまいと、ぐりぐりと頭を擦り付ける。は、無言で大助を抱きしめた。横でそれを満足そうに見ていた幸村が、大助の頭を撫でる。
には、乳母ではなく、お主の正式な母になってもらおうと思うておるのだが。どうだ?」
「ちちうえ・・・?」
顔を上げると、幸村が大きく頷いた。では、では、と、大助が興奮気味に詰め寄る。
を、ははうえと呼んでも・・・よいのですか?」
幸村が、うむ、とまた頷いた。はしゃがんで、何時もしていたように、大助と目線を合わせた。
「貴方様が、そうしたいのなら」
呼んでくださいますか?と、が言えば、
「う、う・・む・・・。は、」
ははうえ、と続いた小さな声。の耳には、しっかりと、届いていた。
「はい」
「・・・ははうえ!!」
「はい」
そのまま腕を広げれば、また幾分か背丈が伸びた身体が、迷いもなく飛び込んできた。この子からすべてが始まったのだ。 初めて出会った時の、小さな小さな姿を思い出し、胸が一杯になった。
「佐助、急ぎ京へ赴き、上様へ伝えて貰いたいことがある」
「何をだい?旦那」
「かの者と、夫婦になり申し候、と。それだけでよい。正式な報告は、落ち着き次第改めて認める」
「承知!」
飛びあがり、屋根の上降り立つ。佐助はこっそり見物に来ていた部下たちを叱ることはせず、後は頼んだと言い置いて、 ピィッと口笛を吹くと、飛んできた鷹の足を掴み飛び去った。
信玄は驚くだろうか。いや、あの御方の事だ、これも全てお見通しで、態とあんな書状をよこしたのかも。そんなことを考えながら、 これから忙しくなるな、と、佐助は先を思い、にまりと笑った。

空の上から見下ろせば、そこにあるのは。
そうさ、これが見たかったのだと、佐助は鼻をすすると、京へ向けて、一気に速度を上げた。



2013.01.25
Everyday I Love You 了