EverydayILoveYou
ドリーム小説
序
の両親はお互い一人っ子で、実家両方に結婚を反対され駆け落ちして一緒になったそうで、おじいちゃんおばあちゃんというのがいないのはそういう理由だと小さいころから聞いてきた。中学に入学した頃だっただろうか、ある日学校から帰ると、いつもならまだ仕事で家にはいないはずの父と母がいて、黒い服を着て出掛けるところだった。
「ああ帰ってきたのね。ちょうどよかった。悪いんだけどお父さんとお母さん、大事な用出来て一晩出かけないといけないの。明日の夕方帰ってくるから、戸締りを忘れずに」ご飯はこれで買ってね、と一万円札を机に置いて慌てて出かけて行ったことがあった。置いて行くなんて、と一人残されることを不安に思いそう言いかけたけれど、二人の見た
ことのない切羽詰まった様子に、結局何も言えず見送って、
自転車で近所のスーパーに行き食料を買い込むと、一人で一晩明かした。次の日の夕方学校から帰ると、居間の椅子に座っている憔悴した様子の母の背中を、父がずっと撫でていたのを覚えている。後から父が、「お母さんの両親が事故で亡くなったんだ」と、教えてくれた。顔も知らず、会ったこともない人達だった。にはいまいちぴんとこなかったのだけれど、母にとっては悲しい出来事に違いなかった。父の両親の事がふと気になった。切っ掛けがないと聞けなくなる、そう思って、「父さんの両親は?」と聞くと、「二人ともお前の小さいときに亡くなってるよ」と言った。「じゃあ、私たち三人きりの家族なんだね」生まれた時から三人で、それが当たり前だったからしてみれば当たり前の事だったけれど、その後父が、「弟妹、作ってやれなくてごめんな」と悲しそうに笑って、を抱きしめたのが、今でも忘れられない。
十七歳の時、独りぼっちになった。
朝までは確かにあった平穏な暮らしは、突然他人に奪われた。
その日は朝からとてもいい天気で、
は気分よく自転車に乗って学校へ出掛けた。毎日繰り返されるいつもの日常。
昼食をとった後の五時限目の授業ははいつも眠気との戦いになるのだけれど、急に廊下に呼び出されて何事かと
思った所にもたらされた現実に、そんな眠気など一気に吹き飛んだ。
「ご両親の乗った車が事故に遭われた」今、先生はなんて言ったの?その言葉を噛み砕く時間も与えられずに教諭の車に乗せられて
すぐに両親の運ばれた病院へと向かったけれど、が到着した時には全てが終わっていた。テレビドラマのように顔に掛けられた白い布を外せば、朝行ってらっしゃいと笑顔で見送ってくれた父母の、傷だらけの顔が静かに眠っていた。
そこからの記憶はまばらで、警察から色々話を聞かれた気がするのだけれど、何と答えたのかよく覚えてない。父は昼休みはいつも家でご飯を食べる。
今日はゆっくりしすぎたのか、母が車で会社まで送ろうとしたらしい。その車に、昼間から泥酔した無職の男の車が追突した。そういうことらしい。
知らない間に父の会社の人やらいろんな人がいた。二人を前に皆泣いていた。検死があるらしい。今日は二人は帰れないから、
あなたはもう家に帰りなさいと誰かに言われ、付き添ってくれた教諭に送られて自宅まで帰ってきた。
鍵を開け玄関に入り、ただいま、と呟いた。なにも考えたくなかった。帰りに食べなさいと買ってもらった弁当も玄関に
置き去りにして、電気もつけずに二階の自分部屋まで戻ると、投げ出すようにベットに倒れ込んで目を閉じた。眠ろう。きっとこれは夢に違いない。だから。
朝はいつもと同じように変わらずやってきた。一人きりになってしまったことも変わらなかった。
親戚もなく、葬儀も何もかもどうしたらよいのか分からずに途方に暮れているを、担任の教師や友人の父母、父の会社の人たちが色々と世話を焼いてくれた。ささやかな見送りを終えて、
火葬され骨壺に入った二人を両手に抱えてまた一人家に帰る。居間の机の上に、抱えていた骨箱を並べた。椅子に座って、
おかえり、と呟いた。温度のない冷たい二つの箱が、言葉を発することもなくただ静かにそこにあった。
孤独の重みが急に身体にのしかかってきて、はダラリと項垂れた。
「・・っう、・・あ・・」
二人が死んでから、初めては涙を流した。
後日、遺品の整理をしていたら母の通院記録が出てきた。がほんの幼い頃、母は患った病気が原因で子供が出来なくなってしまったという事を、そこで知る。
父があの日何故あんなことを言ったのか、初めて分かった。いずれ自分たちが死んだら、は一人ぼっちになってしまうから。
高校生二年生の秋のことだった。
親を亡くして、はその若さで真剣に人生を考えなければならなくなった。両親が亡くなって初めて知った事だが、
受取人が名義の生命保険に二人とも入っており、それとは別に、同じく名義の貯金通帳も出てきて、合わせれば私立大学に進学しても十分生活できる程のその金額だった。
大学進学は諦めて働かないといけないだろうと考えていたので、正直本当に嬉しかった。どれだけ親が自分の事を考えていてくれたのか。
家も年季の入った中古だったが持ち家だったので住むところにも困らない。大学進学は親の希望でもあった。
でも贅沢はできない。それからというもの、は家から通える県内の国立大に入るために必死に頑張った。結果は無事合格。その春、そこで夫となる人と出会うことになる。
学生結婚だった。歳も同じで話してみれば境遇も似たようなもので、結ばれるまでそう時間はかからなかった。
大学四年の時にプロポーズされ、卒業も待たず籍を入れちよの家で一緒に暮らし始めた。人生いつ何が起きるかなんてわからない。も彼もそれを知っているので何も迷いはなかった。
すぐに子供も授かった。二人は幸せだった。何より家族が欲しかった。お腹が大きいまま大学に通うのは大変だったけれど、なんとか卒業し、無事息子が生まれた。
家族が増えたら二人はもっと幸せになった。が二十三歳になる春の事だった。
「、どうした?」
「え?」
「ぼーっとしちゃって」
「ん、ちょっと思い出しちゃって。昔の事」
「・・・ご両親の事?」
「うん」
ふと寝ていると思っていた息子が、うぁ・・ぁうう、と頭を胸元にすり寄せて来ているのに気が付いて、
「あ、起きたみたい。お腹空いたかな?今おっぱいあげるからね〜」
息子を抱え直し胸を出すと、待っていたとばかりに吸い付いてくる。その様子が何度見ても可愛くて、夫婦は目を合わせて笑いあった。
「我が家の王子様はお食事の時間かー。いいなー。たくさん飲んで早く大きくなるんだぞ〜」
息子が生まれるのとほぼ同時期に新入社員として働き始めた夫は、その初給料で奮発して買った高級カメラを手にシャッターチャンスを狙いだした。
が恥ずかしがって片手を伸ばして邪魔しようとすると、「聖母さまみたいでいいじゃないか」
と、笑いながら再び照準を合わせてくる。もう、とあきらめて、母乳を飲む息子に視線を戻す。少しずつふくふくとしてきた頬にまたもや笑みがこぼれる。母になった実感がどんどん湧いてくる。
未だ産まれて二十三年と少ししか経ってないけれど、人生で今が一番幸せだと、は思う。ずっと続いてほしい。そう思うのは、の生い立ちからすれば当たり前のことで、この先続いてくだろう幸せな生活を思うと、ますます頬が緩まずにはいられなかった。
再び孤独になるのにそう時間はかからなかった。
「天気予報によると明日は晴れだってー」
「そっか、よかったねー」
「写真館の予約、ちゃんとしてるんだよな?」
「もちろん!」
五月に入ろうとしている週末、ちょうど生まれて一か月ほどになる息子を連れて、
お宮参りに行こうと二人は計画を立てていた。はそうだ、と思い出して押入れからごそごそと着物の入った衣装ケースを取り出してきた。
着付け道具が一式揃っているのを確認して風呂敷で包んでいると、夫が息子を抱いたまま
まま後ろからひょっこり覗き込んできた。
「明日それ着るの?」
「うん。これね、母さんの形見なんだけどね、実はもともと私のおばあちゃんのなんだって。
母さんのお宮参りの時にこれ着てるの、写真でみたって言ってた。折角だから私も着ようかなって」
「へぇ〜そうなんだ」
「駆け落ちして勘当同然の身だったけど、おばあちゃんが死んだ時にこれだけはうちの母さんにって遺言があったみたいで」
「じゃあ余計だね」
「うん」
「それにしてもお前さ、目の下のクマ酷いなぁ」
「だって・・仕方ないじゃん寝不足なんだし。、子ども生まれたばっかの母親なんて皆そうでしょうよ」
「や、そーじゃなくってさ、明日折角綺麗な格好して写真撮るんだからさ、」
そう言うと夫は息子をよいしょと抱えなおして、
「ちょっと散歩に出てくるから。あと、今夜は俺が夕飯つくってやるよ。今のうちにちょっとでも寝てさ、そのクマ少しでも減らしとけよ」
そう言って二人は出掛けて行った。は二人を見送ると、久しぶりにベットを一人占領して横になった。子どもが生まれてから一か月、幸せな反面慣れぬ子育てに
毎晩の夜泣きで思うように寝られずにいた。ありがたく寝させてもらおうと目を瞑ると、羊を数える暇もなくは吸い込まれるように深い眠りに落ちて行った。ありふれた幸福な日常だった。それきり二人は二度と戻らなかった。
自分という人間は、前世でよっぽどの業を背負ったのだろうか。どうして、と問いかけても誰も答えてはくれない。胸が張ってとても痛い。染み出した母乳が、息子と同じ香りがして涙が出る。そうだ、これは現実で、二人は二度と帰ってこない。は過去の経験からそれをもう知っていた。あやふやなまま過ぎた数日間。
焼き場から持ち帰った大きな骨壺と小さな骨壺が入った箱を机に並べて、向かい合うように座った。何もかも、あの日と同じだと思った。
それから三日経って、は形見の着物に袖を通した。美容室で着付けをしてもらっている間、先日のキャンセルは急
用か何かですか?等色々と聞かれたけれど、何も言う気になれず曖昧に笑って誤魔化した。
そのまま三人で行くはずだった武田八幡神社に一人向かう。駅からタクシーに乗って総門前まで乗り付けると、長い参道の階段の端をゆっくりと登り出す。「真ん中は神様の通り道だから通っちゃだめなのよ」と母が言っていたから。
両親が亡くなるまでは、毎年父と母と三人でここに初詣に来ていた。これからは、新しい家族三人で、
そう思っていたのに、何故私は一人こうしているのだろう。社殿前に辿り着くと、作法通りにお参りし、最後に手を合わせ願ったのはただ一つ、
失った家族たちの冥福だけだった。
昔から親子三人でお参りに来ると腰掛けた社の横の古びたベンチに、今日は一人で腰かける。平日の午前だからか、以外に参拝客もいない。静寂が心地よかった。時折聞こえる鳥の囀りが長閑そのもので、つい先日起きた出来事などやはり夢だったのではないか、そうを錯覚させる。
「どこか、遠くにいきたいなぁ・・・」
私もここから消えてしまいたい。そのまま何をするわけでもなくただぼうっと空を眺め、時だけが静かに流れていった。
2012.05.30