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ドリーム小説 上京  三


京滞在中の数日間は、にとって、驚きの連続で、まさに夢の様な時間だった。
翌朝、登城すれば、将軍自ら「案内致そう」との声に従い、庭園散策と相成った。大助を抱き上げた信玄を先頭に、幸村、近習と、 ぞろぞろと連なって、幸運にも、許しが出てたも、お供に入ることができた。
二条城の庭は、今がまさに桜満開で、うららかな陽気、そよ風に吹かれ、 桜の花びらがひらひらと舞い散る中、のんびりと歩く庭園は、静かで、感動であふれていた。ふとが建物を見遣れば、室内に見える幾つもの、生き生きと描かれた障壁画たち。は、歩みと共に、少しずつ緊張 が解れていくのを感じていた。
信玄は、大きな池の前で大助を下ろし、共に鯉に餌をやったりしながら、穏やかな一時を楽しんでいた。そのまま一人歩かせれば、 信玄の足に纏わりつき、じーじと呼びながら楽しそうにしている。目尻を下げたままの信玄は、あまりの可愛さに、こやつ、 どうしてくれようかと、堪らず抱き上げ、頬ずりをする。すると、何故か幸村が羨ましそう見ているので、近習たちがまた笑いを堪える。 そのうち遊び疲れたのか、または春の陽気に誘われたのか、信玄の腕の中で大助が眠ってしまったので、一行はそろそろ戻るかと、 本丸へ引き返した。
信玄と幸村とはそのまま別れ、休んでおれと、用意された一室に大助を寝かせ、もその傍らに腰を下ろした。額にかかった大助の、柔らかい髪を払ってやりながら、は、先ほど見た庭の景色をうっとりと思い出し、これこそ、もう二度と見られぬ景色に違いないと、一生懸命胸に焼き付けていた。


「漲るあぁぁ!!」
「Come on!!」
眠る大助の横で、つられてつい、うつらうつらとしていたは、凄まじい爆発音と振動に飛び起きた。花火が暴発したのか、隕石でも落ちたのか、慌てて大助の無事を確かめれば、 何事もなかったように熟睡中で、はほっと息を吐いた。何が起きたのかと、廊下の女中に尋ねてみれば、「幸村様が御出でになると、いつもこうで御座います」、 甲斐でもお困りで御座いましょう?と同情の目を寄せられ、困ったものだわ後片付けが・・・などと、ため息交じりに言われては、御存じも何も、 一体何が「こう」なのか、全く要領を得ない答えが返ってきて、の頭にはハテナマークばかりが浮かんだ。そのまま廊下を見渡しても、誰も慌てた様子もなく、平穏そのもの。女中の話からすると、 どうも原因は幸村らしいので、気になって、が、「見に行っても平気でしょうか?」と尋ねると、「御見学なさるのですか?されば、私が御案内致します」 と、見学?とは、我が主は一体何をしているのだろうか。ますます訳が分からなくなった。連れて行ってもいいものやら、 置いて行くのも心配で、ともかく大助を抱き上げて、女中の後を付いて、音のした方へ向かった。そこで、目にしたのは、天井が半分吹き 飛んだ建物。確か、先ほど信玄が、「あれは儂が建てた、武田道場じゃ!!」と自慢げに話していたのを思い出した。次の瞬間、 無くなった天井から何かが飛び出てきて、手前の広場に、砂煙を巻き上げ着地した。目を凝らすと、その中心で、二本槍を構えた道着姿 の幸村と、いつの間にやって来たのか、六本の刀を両手に持った伊達政宗が、じりじりと間合いを計りながら、睨み合っていた。
「流石政宗殿で御座る!腕は衰えてはおりませんな!」
「Ha!言うじゃねぇか、真田!そういう手前はちょいと鈍ったんじゃねぇか?」
「なっ何を申されるか!左様な事はあり申さぬ!ここからが本番!燃えよ、わが魂!!うぉぉぉお闘、魂、絶、唱!!!」
「All right!来な真田!!」
「滾れぇぇぇぇえ!!!」
獲物からほとばしる炎と雷。目にもとまらぬ、技と技のぶつかり合いが始まった。は文字通り、目を点にして固まった。この一年、何かと驚くことの多かった生活の中で、一番の仰天事件だと思ったのは、 間違いなんかではない。
さん、大丈夫?」
ぱっと目の前に現れた佐助が、意識を確かめるように、の面前でひらひらと手を振った。
「あ・・・佐助さん。いらしてたんですか。今朝はお姿を見なかったので、」
「ちょっと所用でね。若様、折角寝てたのに、煩くしてごめんね。起きちゃった?」
いえ、普通に、寝てますからと、途切れ途切れにが言うと、顔を覗き込んだ佐助が、「若様、どこまで旦那に似ているの・・・」と、呟いた。
「あの、それより佐助さん、幸村様の槍から炎が見えるんですけど・・・。私の気のせいでしょうか?それに、なんで・・・ 晴れてるのに、雷?」
目の前で繰り広げられる、人知を超えた戦いは、飛び散る火花は魔法なのかなんなのか、風圧に乗って、此処まで熱を感じるのだから、 本物には違いない。
「ああ、婆娑羅の事?知らなかった?」
「見たことも聞いたこともありません」
目が一向に笑っていないを見て、あーそっか、と佐助が頬を掻いた。
さん、旦那が鍛錬してるとこ、見た事なかったよね。若様が生まれてからは、館内じゃなくて、いつも裏山に行ってたし。 あのね、戦国の世、この日の本で、一騎当千と称された武将は皆、大抵何らかの力を持ってるんだよ。その力の事を、婆娑羅っ ていうんだ。それぞれ、色んな性質を持ってるんだけどさ、上様や旦那は炎、竜の旦那は雷。ちなみに俺様もね、闇の力を、」
「ばさら・・属性・・・はぁ・・・そうですか・・・」
では、大助が生まれるまでは、躑躅ヶ崎館でもこうだったということで、先ほどの女中の言っていた事がやっとも理解できた。
「おーい、聞いてる?大丈夫?」
「はい、だいじょうぶ、です」
上の空で返事をしながら、の視線は、やはり摩訶不思議な戦いにくぎ付けになっていた。宙に飛んだまま打ち合ったり、槍を地面に突き刺して、 物凄い勢いで回りながら蹴りを繰り出す幸村を見ながら、は、現実逃避を始めていた。佐助を含め、只者ではないと思っていた彼らは、やはり只者ではなかった。急に 「忘れるところだった!」と、ぽんと手を打った佐助が、ちょっくらお使い済ましてくるね〜と、の目の前からぱっと消えた。ギン!と金属のぶつかる嫌な音がして、きょろきょろと辺りを見回すと、 幸村と政宗の間に割って入った佐助が、大きな手裏剣のような物で、二人の攻撃を受け止めていた。
「はいはい、お二人さんそこまで〜」
水を差された幸村が、む!と思わず声を荒げた。
「佐助!!邪魔をするでない!」
「Shit!猿は引っ込んでな!」
野次を諸ともせず、そのまま二人を弾き飛ばした佐助は、武器を仕舞うと、心底面倒臭そうに頭の後ろで腕を組んだ。
「お二人とも、将軍様がお呼びですよー。茶席を設けたからってさ。茶室でお待ちですけど?」
「なんと!!それはお待たせするわけにはいかん!政宗殿、今日は一先ずここまでに致そう!」
「ちっ、仕方ねぇな」
取りあえずこの場は終了したのか、武器を下ろし、建物の方へやって来た幸村が、の姿に気が付いた。
!休んでおったのではないのか?」
「大きな音がしたので、見に来たんですが・・・」
幸村は、はっとして周りを見渡し、その惨状に気が付いたのか、
「す、すまぬ・・・!久々の政宗殿との仕合に、つい熱が入りすぎた。驚かせた、か。大助は・・・うむ、寝ておるな」
佐助と同じく、大助の寝顔を覗き込んだ幸村が、「俺にそっくりだ」と言うのを聞いて、佐助がうんうんそうだねよかったね、 と気のない突っ込みを入れていた。
「真田、話すんなら俺は先に行ってるぜ」
一瞬をちらりと見て、返事も聞かずに、そのまますたすたと行ってしまった政宗の背に、「申し訳御座らん!某も直ぐに追 いかけまする!」と幸村は声を掛け、に向き直った。
「俺は行かねばならぬが、お主らはもう暫し部屋にて休んでおれ。大助が目覚めたら屋敷に連れて帰るよう、 佐助に申しつけてある。俺は予定通り今晩は城に泊まる故、後の事、宜しく頼んだぞ」
「はい。かしこまりました」
政宗の後を追いかけて行った幸村の背を見ながら、京に着いてからの幸村は、 ほんの少しだけれど、少年に戻ったような、そんな風には感じていた。
京滞在中に、は、初めてみる幸村の一面を、たくさん知った。そも、本人の生まれ持った性格もあるだろうけれど、百戦錬磨の戦国武将、 甲斐の若虎と謳われた、戦国武将とは思えない人当たりの良さを、ずっと不思議に思っていたも、幸村が慕い、敬愛してやまない武田信玄、その為人を目の当たりにして、成程と大いに納得した。子は親を見て育つと言う通り、 本物の親子の様な、二人の信頼関係。信玄に感じたものは、常々幸村に感じていたものと同じで、その表し方に差異はあれど、 芯の部分で、二人はとてもよく似ていた。その事をこの滞在で知れて、はとても嬉しかったのだ。



京の桜も葉桜に変わり始め、一週間ほどの滞在を終えた真田家一行は、甲斐への帰途へ就いた。信玄は、 「次はいつ会えることか」と、別れを惜しみ、いつまでも、その大きな掌で、大助の頭を撫でていた。 幸村は、必ずまた参りますると信玄に誓い、浮かぶ涙をぐっと堪えて、別れの挨拶を締めくくった。
京土産には、誰の趣味なのか、日持ちのする干菓子やら羊羹やら、甘味ばかりが山盛りに行李に詰め込まれ、佐助が「どうするのそれ・・・」 と、額を抑えながら馬の背に積まれていくのを見ていた。その上、泊まる宿場宿場で、更に増えて行く、名物の数々。「食べもんばっかり・・」 、と増えた荷の数だけ、佐助のうんざりとしたため息も、増えていった。
そんな旅も終盤になって、は、再び体調を崩してしまった。襲ったのは全身の倦怠感。 往路の事があったので、染が甚く心配したけれど、佐助も「これは風邪じゃあない」と言うし、自身、恐らく疲労がたまったのだろうとしか思わなかった。それでも、もしもの事を考えて、幼い大助に風邪でもうつしては大変だと、駕籠を降りて染と交代してもらい、自身は徒歩で行くことにした。 数日経過しても、相変わらず体調は一向に良くはならないものの、それ以上悪くもならない。熱も何も一向に風邪の症状は出ず、 やはり疲れているだけだと結論付けた。教来石宿を通過し、もうすぐ旅も終わろうとしていた頃。は、明らかに自分の歩みが遅くなっているのを感じていた。列から遅れるたびに、佐助がその都度後ろまで来て、付き合い、歩いてくれた。「大丈夫だから、ゆっくり行こう」と佐助に励まされながらも、度々一行を立ち止まらせてしまい、 これ以上迷惑はかけられないと遅滞を詫び、自分を置いて先に行くよう進言すると、初め首を振っていた幸村も、 佐助の「俺様が残るから、心配いらないよ」との声を受けて、しぶしぶ了承した。佐助と二人、のペースに合わせて進みながら、もうすぐ躑躅ヶ崎の城下町という所で、は眩暈に襲われた。いけない、これは貧血になると思った瞬間、くらりとして、佐助に助けを求める暇もなく、 すーっと意識が遠のいていくのをは感じた。






「染さん」
染は大助と遊ぶ手を止め、振り向くと、佐助が廊下に立っていた。
「猿飛殿、お帰りなさいませ」
半日前に躑躅ヶ崎館へと戻っていた染は、佐助の登場を見て、も帰ってきたのだと思い、その姿を探すけれども、どこにも居ないのを不思議に思い、
様は、どちらに、」
「ちょっと来てくれる?」
染の話を遮り、理由も話さずそう言って、くるりと踵を返し歩き始めた佐助に、何事かあったのだろうと、 傍にいた女中に「若様のお相手を」と命じて、早足で佐助の後を追いかけた。

そこは、離れの建物で、染が何故斯様な場所にと、訝しんでいると、榑縁の柱に、くたりと凭れ掛かっている人影を見つけ、どきりとした。
様・・・?」
佐助を追い越し、急ぎ駆けよれば、意識がないのか、呼びかけにも反応がない。
様!どうなされたのですか?!さ、」
染は、その足元を見て、ああっと声を上げた。足首を血が伝い、旅装束が所々赤黒く染まっていた。
「さ、猿飛殿!!これは一体?!」
振り向いて、同行してたはずの佐助を問い詰めれば、「落ち着いて染さん」と、困ったような顔をした。
「月のものだと思うから、あんまり騒がないであげて」
「月の、に御座いますか・・・。お怪我をされたわけでは、」
「うん、怪我じゃないから安心して。もうすぐ館ってとこで、急に倒れたんで、吃驚して背負って帰って来たんだけど、 こればっかりは俺様が手当するわけにもいかないし、」
流石の佐助も、こと女子の微妙な問題に関しては、手が出しづらいのだろう。このままじゃ寝かせられないし、かといって俺様が着替え させる訳にもいかないし、くノ一は出払ってていないし、あんまり騒ぐと旦那が聞きつけて、説明するのがほんと面倒くさいし、と、 染の前で、つらつらと理由を述べているが、詰る所、最後の「旦那が」、という件が一番の問題なのだろう。
「左様でございましたか。まことに・・・安心いたしました」
そうと分かればと、落ち着きを取り戻した染が、
「猿飛殿、すみませぬが、誰か急ぎ水を汲んでくるよう申し伝えては頂けませぬか?後は、私が致します」
仰せのままに、と佐助が行くのを見送って、染はの方へと向き直った。


うすら瞼を開くと、見慣れぬ天井が見えた。
様?様、」
聞きなれた声がを呼んでいる。徐々に意識がはっきりとしてきて、声の主を見た。
「染さん、」
意識が途切れる前の事を思い出して、が、「佐助さんが連れて帰って下さったんですか」と尋ねると、染が、はいと頷いた。やはり思った通りで、
「すみません、また私、ご迷惑を、」
「お止め下さい。迷惑などと思ったことは御座いませぬ。月のものが来られたのです。お疲れのところに、月のものが重なったので、余計に 具合を悪くされたのでしょう。血を見たときは驚きましたが、お怪我でなくて本当によかった」
「つきのもの・・・」
確か昔でいう月経、生理のことだ。言われてみれば腹部に感じる鈍痛と、変わらない全身の怠さ。原因がわかれば、ああ、それでかと、 酷く憂鬱な気分になった。
「痛みは御座いますか?」
「少し、」
「では、これを。楽になりますから、お飲みください」
駕籠に酔った時、佐助がくれた薬は、授乳に影響はないと言っていたので、安心して飲んでいた。大助が乳を飲まなくなったとはいえ、 が心配して躊躇っていると、察した染が、「この薬は、問題ありませぬ」、但し、とても苦いですよと、教えてくれた。 起き上がって、渡された白湯に溶かした薬を、一気にごくりごくりと喉に流し飲むと、確かに染の言った通り、佐助の薬よりずっとずっと 苦い味がして、少し咽てしまった。染はの背中を、とんとんと優しく叩きながら、
様はご存じなかったやもしれませぬが、月のものは、産後は早い者なら数か月と、 人それぞれですけれど、授乳を止めると、自然と再びはじまる事が多いと言われております」
ここ数日は、全く授乳されておられぬご様子でしたので、と染が言うのにが頷くと、やはりそうでございましたかと、染も納得していた。この一年、何故か生理の事など、の頭からはすっかり抜け落ちていて、体調の悪さが、 それと結びつかなかったのだ。
「ずっと止まっていたので、すっかりその可能性を忘れていました。もう来ないほうが楽でいいのに・・・。本当にすみません・・・」
「何を仰せです、これは良い事に御座いますよ。これで様もまた、いつでもご自分のお子様をお持ちになれるのですから」
それはが考えもしなかったことだった。子どもを持つという事は、再び家族を持つという事で。
「私は、」
急に涙が込み上げた。自分でも驚いて、慌てて両手で嗚咽を塞ぐ。泣くつもりなどなかったのに。染は吃驚して、の背中を摩りながら、どうされたのです?お辛いのですか?と、優しく問うけれど、 コントロールの効かなくなった感情に振り回されながら、はどうしていいかわらず、涙をぼろぼろと零しながら、すみません、そうじゃないんです、違うんです、 すみませんと、ただそう繰り返すだけだった。染は、斯様なを、見た事がなかった。怯えた子どもの様に泣きじゃくる様子に、どうしたらよいのかと胸が痛くなり、その手を取った。
「大丈夫です、様。大丈夫です。何も不安に思うことはございません」
落ち着かせるように言い聞かせて、静かにを横たわらせた。
「お疲れなのです。今日はもう何も考えずにお休み下さりませ」
染は優しく微笑みながら、いつの間にか、が眠りにつくまで、幼子に母がするように、その手をそっと、摩り続けた。




染が大助の元へ戻ると、佐助がいた。
「猿飛殿、先程はありがとうございました」
「いいえー。さん、どう?」
「一度目を覚まされましたが、またお眠りになりました」
「そっか」
佐助はもしかして、が泣いた事を知っているのだろうか。
「猿飛殿、」
「はい」
様は・・・、様はまだ、十分にお若くていらっしゃいます。勿体のう存じまする。良きご縁があればと思いますのに」
あの優しい人に、女子としての幸せを、もう一度つかんで欲しい。染は思うのだ。されど、あの方は。
「・・・そうだね」
よたよた歩いていた大助が、佐助の背中に、どかっとぶつかる様に、抱きついた。後ろ髪をひっぱり、悪戯を始めた大助を、両手に抱き上げて、 佐助はもう一度、そうだねぇと呟いた。


2012.11.09