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ドリーム小説 合縁奇縁


固い場所で寝たせいか軋むような身体の痛みに眉を顰めながら身を起こすと、屋内に既に老夫婦の姿はなくl戸が開いたままになってい た。怠さに鞭を打って、よろよろと立ち上がり外を覗いてみると、二人は既に農作業をしていて、に気が付いたお婆さんが「おはよう」とこちらに戻ってきた。朝日は今東の空に昇り始めたばかりといった様子で、 が思っていたよりまだ早い時間のようだ。「おはようございます」と返事をする。この時代の人は早起きなんだなぁと今更な がらに感心する。ぼおっとしていたらお婆さんが「よう寝とったねぇ。少しは疲れとれたずらか?」とお食べと玄米のおにぎりを渡してくれた。 それを有り難く頂いただいた後、お礼に何か手伝いますと言っても、綺麗なきもんが汚れたらどうすんだ、駄目だ駄目だと大仰に断られ、 仕事を探しに行くなら早い方がいいと、結局昨夜言われた通り早々に甲府の城下町に向かうことなった。の足でも半時程で着くだろう、それからお腹が減ったらお食べ、とおにぎりの弁当と竹でできた水筒の様なものまで持たせててくれた。
「仕事がみつからねぇ時は戻っておいで。遠慮しちょし」
「は、はい!その時はお願いします。本当にお世話になりました」
深々と挨拶をしてそこを後にする。歩き始めると昨日潰れた足の豆のが再び痛みだしたが、それを無視してひたすら城下町を目指した。


の感覚で言うと午前十時位だろうか、辿り着いた城下は流石甲斐の中心だけあって、人々の往来も激しく実に活気があって驚いた。 仕事を探すと言っても何もつてがないので、とりあえず道々で見かけた店に片っ端から尋ねてみるが、住み込みとなると今は足りているという 事でどこも良い返事がもらえない。そうこうしているうちにあっという間に太陽は頭上に上り切り、お腹もすいてきた。お婆さんのおにぎりを 食べようと思い、座れる場所がないかとウロウロとしていると、立札を前に大勢が群がっているのを見つけた。なんだろうと思いながら誘われる ように近づくと、気になる話が聞こえてきて思わず立ち止まり聞き耳を立てた。
「真田の殿様のところでまた乳母を探しているそうだ。身分は問わねぇとよ。若くて乳の出さえよければとある」
「またかい?よっぽどお困りなんだねぇ」
乳ならよく出るし乳母なら自分にもできるぴったりの仕事なのではないか?それにお城ならば住み込みに違いない!思わず興奮気味に尋ねる。
「あの!すみません乳母を探しているというのは本当ですか?」
「おう、そこのお館に住む殿様の若君様のな。なんだい娘さん、乳母になりたいのかい?」
「はい!是非にでも!あの、どこに行ったらいいんでしょうか?私、なんて書いてあるのかところどころしか読めなくて・・」
「館まで直接こいとある。そうだ留吉、お前お館の門番と知り合いじゃなかったか?連れてってやれよ」
「おうよいいぜ、娘さんついてきな」
「ありがとうございます!」

留吉と呼ばれたより幾分か年嵩の男について躑躅ヶ崎館に向かう。の知る現代の館跡である武田神社の門は南側にあったと思うのだが、そこには橋も何もなく、あれ?と思っていると、留吉に 「こっちだよ」と言われ堀に添ってぐるっと東向きに回り道をしていった。本来の正門は東側にあったらしい。門前まで辿り着くと、 留吉が知り合いだという門番に事情を説明してくれ、留吉とはお礼を言ってそこで別れた。 門番に連れられ繋がっている建物の一つに入っていく。確か京風の作りなんだったような・・・と過去観光した時の記憶を思い出しながら、 あまり興味心身にきょろきょろと辺りを見回しては怪しまれると思い、なるべく我慢した。
「あら、梅之助さんどうしたの?」
「お染さん、乳母になりたいって娘さんをつれてきたよ。多岐さまに取り次いでやってくれないか?俺は仕事に戻らなきゃあいけないんでよ」
「わかりました。ご苦労さまです」
「じゃあな娘さん。無事決まるといいな」
「あ、ありがとうございました」
走って持ち場へと戻っていった留吉を見送って、染と呼ばれた若い女中と向き合う。
「紹介状などお持ち?」
「いえ、ありません。立札を見て、」
「そうですか、分かりました。こちらからお上がり下さい。案内します」
「はい」
染に言われるまま後を付いて行って、小さな部屋の前で立ち止まった。
「こちらでお待ちになって。私は上の者に話をして参ります」
「わかりました」
こういう時は下座だよね・・と考えながら慣れない正座で緊張した面持ち待っていると、しばらくして四十歳前後のいかにも女中頭ですと言った 風体の女が入ってきて、優雅な所作で上座に座した。
「其方が乳母になりたいと参った者ですね。私はここで女中頭を務めている多岐です。先ずは名前と齢をきかせて」
思った通り女中頭だと名乗った多岐に緊張の面持ちで返事を返す。
、と申します。今年で二十三になります。・・・」
「では、子を産んで幾日経ちましたか?」
「ひと月と少し経ちました」
「そう。なれば穢れは終わっていますね。ここでは住み込みという事になるけれど、 あなたの子もまだ乳飲み子なれば、子は乳兄弟として此処で育てることになるでしょう。 夫は一人置いてくることになるけれど、それでも構わぬのかしら」
どう答えようかしばし思案して、結局お爺さんとお婆さんに話した時と同じように答えることにした。 「あの・・・夫も子も七日程前に亡くしました。親も十七の時に他界しております。親類もおりません。 この身一つなので何も問題はありません」
「まぁ・・・それは気の毒に・・。天涯孤独の身という訳ね」
しばしの沈黙が続いた。その事にだんだんとは不安になってきて、
「・・・あの!」
「如何しましたか?」
「どうか、お願いします。もう行くところもないんです。帰るところもありません。仕事が必要なんです、どうか・・どうか!」
「落ち着いて、気持ちはわかりました。いつもは別の方が最終的にお決めになるんだけど・・。その猿飛殿も今日はおられぬし・・。殿に直接お尋ねして参る故、このままここで待っていて頂戴」
「はい・・・」
そのまま部屋を辞した多岐の後ろ姿を見つめながら、ははぁと項垂れた。やはり駄目なのだろうか。殿、というのは話に聞いた真田幸村本人のことだろう。日の本一の兵と呼ばれるそんな男がこんな身元不明の女を雇うとは思えない。初めの勢いはどこへやら、もはや半分気持ちは諦めモードに入り、今夜もお婆さんの 家にお世話になるしかないかも・・・、そう考えているところで多岐が戻ってきた。
「殿がお呼びです。御自らお会いになってお決めになるそうよ」
早速参りますよ、と別室へまた移動することになった。
歩きながら多岐から今から会う館の主についての説明を受ける。武田家随一の家臣、真田源次郎幸村、 御年二十五。主君、武田信玄が戦国の世を制し将軍と相成った後、京に住まいを移したため、 その代わりとしてこの躑躅ヶ崎館の主になった。このあたりまでは、世話になった老夫婦から聞いていた 通りだった。幸村の正室で若君の母君に当るお方は、三ヶ月前難産の末不幸にも亡くなられてしまったそうで、 必然的に若君は乳母が育てる事になるのだが、若君がどの乳母にも懐かずに困っていると。幸村以外の者が抱く と、只管泣き続ける。泣きながらも乳は飲むのだが、寝ているときとそれ以外はどうにもならない。 何人も乳母を変えたがそれでも駄目で、館の皆は途方に暮れている。現在雇い入れている乳母ももう無理ですと暇乞いを願い出ているらしく、
「だから、本音を言うと、猫の手も借りたいくらいなのよ」
と、多岐は小さく笑った。



「幸村様、連れて参りました」
「そうか、入れ」
「失礼いたします」
も後に続いて、頭を低くしたまま女中頭に続いて入り、正座をすると深く頭を下げた。
「堅苦しくせずともよい。面を上げてくれ」
言葉通りにとっていいのか、困って頭を下げたまま横目で女中頭をちらちらとみると、小さくうなずいたので、ゆっくりと面を上げる。 想像していた厳つい武将のイメージとはかけ離れた若々しく爽やかで端正な顔立ちの男がそこにいた。一瞬本当にこの男なのだろうかと 思ってしまった程に。髪は明るめの茶で、後ろ髪だけが尾っぽのように長い。柿渋色の上下を身に着けたその男は、 されど若々しい顔の印象とはまた別に、少年期を抜けきった青年の精悍さというか、流石一国一城の主というべき貫禄の ようなものもしっかりと持ち合わせている。それは現代の二十五の若者にはないもので。というか、その髪型って戦国時代にアリなのか・・?と 思いながら視線を彼の人の腕の中の白い塊に移す。真っ白のおくるみに包まれて顔は見えないが、話に出ていた若様なのだろう。
「この者が、先ほど話したに御座います」
「ああ」
そう言って、じぃ、とその端正な顔でを穴が開くほど見つめてくるので、恥ずかしいやらどうしたらいいのか、それでも視線を逸らさずにいると、「ふむ」と幸村が徐に立ち上がった。そして、赤子を抱いたままの前までどしどしと来ると、「おぬしに任せる」と言っておくるみごと差し出してきたので、も多岐も思わず目を丸くしてしまった。
「あ、の・・?」
「ゆ、幸村様?!」
「多岐は黙っておれ」
多岐は浮かしかけた腰をまた下ろすと心配そうにたちを見ていたが、やがて静観することにしたようだ。
「遠慮するな。抱いてやってくれぬか」
「よろしいのですか?」
「ああ。其方なら心配なかろう」
行き成りの行動に面喰いながらも、これは認めて貰えたのだろうかと嬉しくなる。どうして幸村がそう思ってくれたのかには謎だったが、目の前に差し出された手から恐る恐る受け取ると、その懐かしさすら感じる重みに感激して、思わずぎゅっと腕に力が入って しまった。ゆっくりとその顔を覗き込む。三ヶ月目と聞いていたが、ふくふくとした頬が可愛らしく、すやすや寝入っているその姿にも笑顔になる。そうしていると、己を抱く腕が頼りなげな細腕に変わったのを感じたのか、若君がぱっちりと目を開けた。瞳が父親である幸村によくにている。多岐がこれは例に違わず泣き出すに違いないと再び腰を浮かしかけたのだが、それもまたすぐにいらぬ気鬱に終わった。
「信じられませぬ・・・・若君が」
さもありなん、今まで雇い入れた何人もの乳母でもこのような光景を見ることはなかったのだ。若君は泣くどころかの顔に真っ直ぐ手を伸ばしながら、うーうーと赤子らしい声で嬉しそうにじゃれつきだした。
「あの、恐れながら・・若君のお名前はなんとおっしゃるのですか?」
「大助と申す」
「大助・・さま・・・」
大助さま、と小さく繰り返しが呼びながら指をその手に握らせると、きゃっきゃっと声を上げだした。これには幸村も驚いたのか、多岐と顔を見合わせると「これで其方の心配事が一つ減ったな」と茶化して言うので、多岐が拗ねたように「親御様に似て我儘なお方ですわね。猿飛様の御苦労がよおくわかりますよ」返されたので、今度は幸村が参ったとばかりに頬を掻いた。
「おなかが空いているの・・?」
幸村と多岐がに視線を戻すと、大助がの指にちゅうちゅうと吸い付いている。
「どうもそのようですね」
多岐が今一度幸村を見ると、大きく頷いた。
、大助様に乳を飲ませて差し上げて」
「は、はい!」
「ま、待たぬか!こ、ここでか?!」
「何を慌てているのです。乳母の乳などもう何度もご覧になっているではありませぬか。大体よいと申されたのは幸村様です。 いい加減慣れて下さりませ。御父君になられたお方がこれくらいで動揺してどういたします!」
されど!と顔を赤くしている主に向かってずけずけと叱咤する多岐を他所にはというと、もう何も聞こえてはいなかった。周りの目などなかったのように自然と胸をはだけさせると、大助が自然とすり寄って 吸い付いてきた。どうしようにもなく目頭が熱くなる。ああ、そうだった、自分も母になったのだった。そんな忘れかけていた感覚が、 じわりじわりと暖かく胸を占領していく。かわいくてかわいくていとおしい。亡くした我が子と重なり、胸が痛くなる。の目から一筋の涙が零れ落ちた。子を残して逝ってしまった人は、どんなに心残りだっただろう。私で代わりになるだろうか。 この子を守ってあげたい。母を失ってしまったこの子を。母の愛を知らず育つこの子に、少しでもそれを教えてあげられたら。その思いがをいっぱいにした。
恥ずかしいと騒いでいた幸村も小言を連ねていた多岐も、押し黙ると、静かにその様子を見つめる。
母を失った大助、子を失った、お互いを補うように出会うべくして出会った二人なのかもしれない。幸村も多岐も口には出さないがそう感じていた。

2012.07.14