EverydayILoveYou






ドリーム小説 むかしばなし


赤の炎が翻る。石田三成を庇い、父、大谷吉継が討たれ、そして、その三成も、同じ炎に貫かれ倒れるのを、利世は一人、天守から見ていた。

母は物心つく前に亡くなってしまい、あまり記憶には残っていない。側室が母代りを務めてくれたはいたが、どうにも懐けず、何かと、ちちうえ、ちちうえと、まとわりついていたあの頃。会えばいつも抱き上げてくれた優しい父が、 急に近寄るなと冷たくなった事を、幼心に寂しくて悲しくて、捨てられた、と父恋しさに泣いたこともあったけれど、今思えば父自身、 家族に病がうつるの恐れて、そうせざるを得なかったのではないか。そう思えるほどに成長し、十七になった頃には、押しかけるように大阪城に馳せ参じ、 父の陰口ばかりの世話役の女中達を文字通り叩きだし、帰れと言う父を無視して、献身的に身の回りの世話を始めたのだった。そうして、 いつなんどきも、傍にあった。初めのうちは冷たい態度を崩さなかった父も、そのうちに諦めたのか、少しずつ、利世に我儘をいうようになり、 時々昔に戻ったように頭を撫でてくれた。確かに父は、褒められないようなことばかり、しているかもしれない。少し捻くれてしまった父では あったけれど、そうするにもきっと理由があった筈だ。昔を知っているからこそ、娘の自分だけは信じ続けよう、そう思った。利世にとって 、共に過ごす日々は、決して人が言うような、不幸なものではなかった。

優勢に事を進めていた戦も、裏切りが相次ぎ、日々目まぐるしく変わって行く情勢は、徐々にこちらに不利に傾いて行った。 今更家に帰ったところで、結局行き着くところは同じ事。賢い父にはそれが分かっていたのだろう。自分も最後まで共に、城に残る、そう言った 利世の願いを、退けることはなかった。
天下分け目の大戦(おおいくさ)、結果は武田の勝利に終わる。大阪城の周りは、最早これまで、と自軍の放ったと思しき火の手が上がり、 武田軍の勝鬨を聞きながら、利世は、終わった、と思った。不思議と敵を恨む気持ちも、何も起きはしなかった。ただ、ただ、終わった、とそう思った。
これでもう、父は病に苦しまずに済む。最後まで父は戦った。本望であろう。見届けた。利世自身も、思い残すことは何もなかった。敵兵に見つかる前に。そう思い、利世が懐剣を取り出したところで、思わぬ邪魔者が飛び込んできた。

「何をしておる!!・・・女子か?!」
蹴破られたかのように、大きな音を立て開いた襖に驚き身を竦める。そこには二双の槍を手に持った、傷だらけの若武者が立っていた。
「近寄るな!何者、だ、・・・其方は・・」
飛び込んできたその赤。胸に下げるは六文銭。見間違えるはずはない、天守から確かに見ていた。これは父を討った武田の――、
「真田、幸・・村、」
「勝敗は決した!安心しろ、武田は無駄な殺生はせぬ!この城は何れ焼け落ちる。早くここから逃げろ!」
呆然と立ち尽くす利世に向かって、幸村は言う。逃げそびれた女中か何かと勘違いしているのだろう。目の前の女が誰かなど、知らず。知らずに、逃げろ、と言う。
「何をっ・・・、私は逃げぬ!一人生き延びて何になる!!」
噛みつく様に叫び、手に持つ懐剣の鞘を投げつけてやったが、やはり簡単に避けられてしまった。幸村は槍を構える。
「手向かい致せば斬らねばならぬ・・・死にたいのか!!」
「そうだ!殺せ!我が父を殺めたように!!」
父、と言われ、幸村は訝しげに眉を寄せた。「旦那、早く脱出しないと危険だ!」と、遅れてやってきた佐助が、対峙する二人を見て武器を構えるが、幸村がそれを制す。
「父?!其方は一体・・」
「もう忘れたのか?私は先程其方が討ち取った、大谷吉継が娘よ!」
「大谷、殿の、」
そばに転がる鞘には、確かに対の蝶の家紋が見て取れる。動揺を隠さぬ幸村を見て、利世は思った。父と同じく、この男の刃にかかるも、一興。この男が、幸村が、その槍を一薙ぎすれば。それで、全てが終わる。ひとおもいに、と。そうすれば、この日本一の兵は、他の誰もが忘れようとも、生涯、父と己を覚えているだろうか――。利世は大きく深呼吸をすると、幸村を睨み付けた。挑発するように、利世が懐刀を構えると、控えていた忍が再び武器を構えた。

斬られたがっている。見せかけだの行動の裏に、女の言外の本意が、幸村には分かった。この女子に殺気はまるで、無い。そこまで覚悟を決めた 者の望みを、己は叶えてやるべきなのか。右手に持つ槍を、その喉元に突き出した。槍の先で、望みが叶うと悟った女の瞳が、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ幸村を見ている。その瞳が、場違いにも幸村は美しいと思った。
「某には、出来、ぬ」
幸村は、槍を持つ手をだらりと下した。
「何をっ・・・!紅蓮の鬼ともあろう者が、女子一人斬れぬとは・・・!何を躊躇う、さぁ!その槍で、この首、刎ねてみせよ!」
やはり、と思った幸村は、怯えさせぬように槍を背に仕舞う。
「左様な事を申すものではない!既に勝敗は決したのだ!これ以上の犠牲は、お館様とてお望みにはならぬ。其方が今、ここで死して何になる?!」
「黙れ!父は死に、我が軍は負けた。女子の行く末など知れたものよ!何故殺さぬ?!其方に武士の情けというものはないのか?!」
最後の方は、泣声に変わって。
「なれば・・・其方の命、この真田幸村が預かり申す」
「は・・・何を・・」
幸村はつかつかと歩み寄ると、何する気?!と慌てる佐助を他所に、容易く片手で利世の持つ懐刀を弾き落し、その身を無遠慮に抱え上げた。
「はっ離せ!!」
暴れる利世を無視して、身を翻すと、佐助に向かって、「急ぎ脱出するぞ!」と声を張り上げ駆けだした。 階段を飛ぶようにおりながら、主の意図をはかりかねた佐助が、言ってきた。一体それをどうするつもりなのかと。
「連れ帰る。お館様にお許しを頂かねばならぬ」
すさまじい速さで移動して行く幸村の肩の上で、落ちそうになるのを必死にしがみ付いて耐えていた利世が、弾ける様に顔を上げた。
「許し?!何の事か!其方何を考えて、」
下を咬みそうになりながら、何とか言葉を紡ぎだす。
「黙っていた方がよいぞ。舌を咬む。預かったからには、生かすも殺すも某の勝手。好きにさせていただく迄。佐助、 皆の者に伝令を!このまま本陣へ帰還する!」
「えっ、りょ、りょーかい!」
女子を苦手とする主が、このように強気に物申すのを見たことがない。本当に何を考えているのか。それは、結果いい意味で佐助を驚かせることになる。それこそ、よっぽどの事では動じない、忍の腰が抜けそうになるほどに。



暴れる女ひとり担ぎ上げたまま、器用に馬を乗り熟し、本陣に戻ると、肩の荷を見てぎょっとしている兵たちを他所に、幸村は気にすることなく 、真っ直ぐに信玄の元に向かった。陣幕の内に入ると、利世をそっと傍らに降ろし、これまた何事かと、驚く武将たちの中心座す武田信玄の前に、 勇ましく膝をついた。ここに連れて来られた理由もわからず、馬に揺られ酔ったのか、生気を失いつつあった利世も、武田の大将の面前だと気付 いたのか、恥はかけぬと武家の娘らしく、すっと居住まいを正した。
「お館様!真田幸村、戻りまして御座います!!」
「幸村か!此度の戦、真にようやった!!これで武田の天下が訪れようぞ!」
「ははっ、ついに、ついにやりましたな、お館様ぁ!!」
「うむ!・・・して、幸村よ、その横の娘は・・如何いたした?まさか、攫ってきたのではあるまいな?」
お主に限って、と、やはり素通りは出来ぬのか、信玄が皆の気持ちを代弁するように尋ねると、少し興奮気味に、
「大谷吉継殿がご息女に御座いまする。炎上した城より逃げ遅れておられるところを、某が保護いたしまして御座います!」
そう答えた幸村と、何か言いたげに横目で幸村を見る大谷刑部の娘、目の前の二人の様子を交互に見て、信玄が小さく唸った。
「保護、のう。して、娘、名をなんと申す」
「・・・・利世にございます」
それを聞いた幸村が嬉しそうに、利世殿、と口元だけで小さくその名を復唱する。そして、何かを決心したのか、きりっと表情を引き締めると信玄を見上げた。 信玄が、如何した、と問うと、
「この幸村、僭越ながらお館様にお許しいただきたき儀が御座いまする!」
「ほう。それは如何なる儀か?」
「某、このお方、利世殿を貰い受けたく!お許しいただけるのであれば、すぐにでも祝言を挙げたく存じまする!」
利世本人はもちろんの事、その場にいた誰もが、あまりの急展開に、ぽかんと口をあけた。沈黙がしばし、それでも流石天下統一を成し遂げた男、武田信玄が、いち早く立ち直った。
「な、なんと・・・?・・祝言・・と、な?」
「はっ!」
「行き成り何を申すかと思えば、祝言・・・!儀とは婚儀であったか!其方が婚儀!流石の儂も驚いたわ!!しかし幸村よ、其方、敵将の娘を娶りたいと、本気で申しておるのか?」
「もはや戦は終わりましてございます。今はもう、敵も味方もございませぬ」
「言うか!まあよい」
幸村の祝言宣言後、一言も言葉を発していない利世に、信玄が問いかけた。
「利世、この幸村はこう申しておるが、其方はどう思う?異存はないのか?見たところ、其方も今、初めて聞いた話と見えるが」
「・・・そう、だとしても、私は・・・、もの申せる立場に御座いませぬ、故、」
「構わぬ。許す。思う通り申してみよ」
信玄の言葉が意外だったのか、利世は少々驚いたようで、一度俯き間を置いて顔をあげると、さすれば、と一言前置いて、真っ直ぐ信玄を見た。
「私は逃げるつもりなどなく、城で死すつもりでおりました。真田殿にも、そう申し上げました。父を討ちとったように・・・殺せ、とも、 申し上げました。にも関らず、殺すどころか保護し、私を妻に、などとおっしゃるのには、理解できませぬ。最早後ろ盾も持たぬ敗将の娘を娶ろうなど、私には気が狂ったとしか思えませぬ。それとも、私はからかわれているのでしょうか?」
「からかうなどと!・・某が!某が其方をっ、死なせたくないと、死なせてはならぬとおっ思い・・・!」
思わず入った幸村の横やりに、理解できぬ利世が食って掛かる。
「何故です!頼みもしないことを・・・!私が死のうが、貴方様には関係のない事!それとも、寝覚めが悪いからなどと、よもや申されますまいな!」
「何故と問われようともわからぬ!このような気持ちは初めてなのだ!あの時見た其方の瞳が忘れられぬ!死するなど・・・某が許さぬ!何にも 代えてお守りいたす故、お頼み申す!某の妻になって下され!!!!!」
誰もの時が、止まった。それほど衝撃的だった。何を言われたのか直ぐに呑み込めなかった利世が、言われた科白を心の中で 反復すると、遅れて火を噴きだしそうに真っ赤になった。
「なっ、なんという!!戯言を!ご自分が何を申されているのか分かっているのですか?!!」
「某、嘘は申さぬ!!」
「そういう事を言っているのではありませぬ!!」
「ならば、何だというのだ!」
言い合いを始めた二人を遮るように、信玄は大きな笑い声を立てた。
「はっはっはっ!!二人とも、落ち着け。要は、この幸村が利世に一目惚れ、という訳か!なれば話は早い。どうだ、利世よ、これも運命と思い、この幸村と一緒になってやってはくれぬか?儂が申すのもなんだが、この幸村は忠義に厚く、少々頑固なところもあるが、まこと信頼に足る男よ。その男がこうまで申しておるからには、生涯其方を大事にすることであろう」
その言葉に、ありがたきお言葉!と幸村は目を輝かせ、利世をみて大きく頷いた。それが真実、幸村の想いなのだと分かり、利世は不可思議な胸の痛みを感じ、思わず抑えるように手をやった。
「――それとも。やはり、父を討った幸村を怨んでおるか?」
核心を突くような信玄の言葉に、利世は小さく頭を振った。
「怨んでは・・・おりませぬ。勝敗は時の運。これも戦国の世の定めなれば、父も、・・・真田殿も、それに従い戦っただけにございます」
そうして、幸村を見た。あの時と同じ瞳で。こうして今生きている事の意味を、利世は思った。これも運命というならば、この幸村という男の、 末を傍で見ているのも、悪くはないかもしれない。それは諦めにも似た、夢事にも思えた。
「・・・このお話、お受けいたします。そして、生涯かけて見届けまする。父を討った男が、天下泰平の世をどう生き行くのかを」
歓喜に打ち震える若虎の雄叫びが、あたりに響き渡った。あまりの声の大きさに、利世が目を丸くしていると、信玄が立ち上がり、若虎に負けぬ、これまた空気を震わせるような大きな声で、豪快に笑ったのだった。
「その意気やよし!何と肝の据わった豪儀な女子か!気に入ったぞ!初心だ初心だと思うておったが、斯様によき嫁御を見つけてまいるとは、 恐れ入ったわ!幸村!!!」
「では、お館様!!」
「利世がよいと申すのならば、儂に異議などあろう筈もない。誰か!急ぎ酒と盃を用意せよ!」
止まっていた時が急に動き出したように、わぁっと歓声が上がると、皆が慌てて準備に走り出した。此度の戦の立役者が、嫁取りをする。 天下統一も成し遂げ、二重の、なんと目出度き日となったことか! 佐助と言えば、未だ動けずにいる。忍隊隊長としては、どうかと思う体たらくである。幸村は感動に震える拳をぎゅっと握りしめ、利世に向かい合うと、その手を取った。
「安心いたせ。其方は某が守る。誰も、そなたを害するものはおるまい。何故なら、その前に、某を相手にせねばならぬのだからな!」
それは、日本一の兵と呼ばれる男のからの、何もよりも信頼の足る、約束であった。
幸村の節くれだった大きな手。それは、利世が幼い頃に繋いだ父の手の様に大きく、暖かかった。




「そのまま、お館様の前で盃を交わし、夫婦となった」
戦国の世にはよくある話やもしれないが、幸村の語った内容は、現代人のには如何にも驚きの内容で、世代、ならぬ時代の違いを諸に感じてしまった。
「あの・・・なんと言いますか、怒涛の展開で・・。まるで物語の様なお話ですね・・・」
「物語?」
聞いていたの方が、少し照れてしまうと、幸村が不思議そうに首を傾けた。幸村という人は、好きなものは好きだと、臆せず言える、そんな真正直で純粋な人だとは思う。
「はい、何といいますか、劇的です・・・」
の反応に少し戸惑っていた幸村が、急に表情を曇らせた。
「左様に、よき話でもなかろう。今思えば、俺の一方的な思いで、無理やり娶ったようなものだ。・・・利世は幸せであったのだろうか。現に、俺の子を産んだために死んでしまった」
幸村の独白を、は意外に思った。確かに、この時代の武家の結婚は、愛だの恋だのとは掛け離れたところに あって、そんな中で幸村は己の伴侶を自らの手で、見つけて、恋した。その事に、後悔しているようには見えない。幸村の事だ、精一杯愛した筈 で、なのに、そう思う理由は。
「・・・・なぜそのようの思われるのですか?」
の問いに、困ったように幸村は首を竦めた。
「それは、・・・何故だろうな。利世を亡くしてから、時々、そう思う」
「・・・・」
それは、がここにきてから初めて見せる、幸村の弱気だったかもしれない。だが、幸村の問いに答えられる唯一の人は、もういない。には黙っている事しか出来なかった。
「・・・聞いてもよいか」
「はい」
「其方の夫とはどのような男であったのか?」
「・・・・私のですか?」
「あ、いや、・・言いたくないのならよい」
「いえ、そういうわけでは。私も奥方様のお話を聞かせていただいたんですから。そうですね――出会った頃の私の夫は、どのようだったか、と一言で申しますと、とても寂しい人でした」
「寂しい?」
「はい。似てると思ったんです、私と」
に、か?」
「夫も私と同じように、両親を亡くしていました。お互いに、孤独だったんです」
大学の事など、この世にない事はうまく隠して、思い出を語っていく。
「夫婦となり、幸せであったのだろう?」
「もちろんです。私には勿体ないような優しい人でした。本当に幸せで、あの幸せが、ずっと続くものだと思っていました」
「・・・すまぬ、辛いことを思い出させてしまったな」
は、首を小さく振って、それを否定する。
「・・・いいえ。こうして思い返してみれば、夫とは本当に幸せな思い出ばかりで、心が温かくなりました。悲しい思い出にして仕舞い込むのは、もう止めにします。時々こうしてまた思い出して・・。その方が夫も子も・・喜んでくれる気がします」
そう言って微笑んだちよに安心したのか、幸村にも笑顔が戻ってきた。
「そうか・・そうだな。さすれば、俺も時々こうして話すことにしよう。聞いてくれるか?」
「はい!」
蜩が鳴きはじめた。いつの間に時が流れ、日は西の山際へと徐々に落ちていこうとしている。抱いていた大助をに渡すと、幸村が、戻る、と立ち上がった。廊下に出たところで、思い出したように振り向いた。
「そなたは、どこか利世に、似ておる」
「・・・私が、ですか」
「どこが、と言われるとわからぬが。故に、大助も其方には懐くのやもしれぬな」
返事はしなかった。沈み行く太陽をその背に、幸村の表情は影になってしまい、わからなかった。
何故かそれを、見なくてよかった、と、その時のはそう思った。



2012.08.11