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ドリーム小説 閑話
幸村と佐助と多岐が、について語るおはなし


夏の暑さは幾分か和らいで来たものの、残暑厳しく、秋風が吹くにはまだ、少し早いという頃。甲斐は、嵐に見舞われた。 雨風は数日間続いたが、信玄が築いた堤のお蔭で、心配された河川の氾濫もなく、被害は思っていたより少なく済んだものの、 幸村は連日、村々の 視察や修繕の指示で大忙しだった。今日も朝から堤の視察を終え、館に戻ると、早速報告書を読んでいた。大量に掌に掻く汗で、 読み途中の書状がくにゃりとふやけてしまう。思わず、「毎日毎日、これでは堪らぬ!」と愚痴るも、嵐の後にやってくる、真夏がぶり返したような蒸し暑さ は、如何ともしがたい。炎の婆娑羅を持つ幸村も、暑さは少々苦手なのか、信玄から下賜された京団扇で自らを扇ぎながら、 留まり続ける夏とも、格闘せねばならないのだった。
「幸村様、よろしいでしょうか」
「多岐か」
書状から声の方へ顔を向ける。首が少々凝っているのか、こきり、といい音を奏でた。
「連日のご視察でお疲れかと思い、先日猿飛殿が言っておられました、京で流行りの冷やし飴なるものを作らせてみました。如何ですか?」
多岐の持つ盆の上に乗るそれは、美しい透明の杯に注がれていて、幸村は、目を輝かせた。
「これは、見目にも涼しく、実に美味そうだ!丁度、喉が乾いたので、茶でも所望しようかと思っておったところだ。・・・む、これはもしや、以前、奥州の伊達殿から頂いた瑠璃の杯か?」
「はい、左様でございます。器は使ってこそ、機会があらば、仕舞って置かずにどんどん使え、とおっしゃられておりましたので。どちらにご用意いたしましょう?」
「そうだな、縁側がいい。しばし休憩と致す故、多岐、其方も付き合え」
そう言って、多岐の返事を待たずに、自分はさっさと場所を移動して、縁先に足をぶらりと腰掛けてしまった。目下の者にも 心安い主は、相手が恐縮して困ってしまうのも知らずに、幾つになっても変わらず、こうして気軽に誘ってくる。専ら、最近の相手はちよだったのだが、 何分幸村は今は忙しく、毎日のように顔を見に行っていた大助の元にも、なかなか行けずにいるのだ。国の大事で致し方ないと はいえ、少々気の毒な主のために、いつもなら、下々の者に対して甘すぎます、などとお小言をいう多岐も、今日ばかりは何も言わずに付き合うことにした。
「では、失礼いたしまする」
幸村の方へ向き直り、膝を進めると、盆を置き、どうぞ、と幸村に差し出した。
「うむ!これは美味い!!」
「それはようございました」
これは何杯でもいけるぞ、と幸村が興奮したように話していると、庭先にひょいっと、影が降り立った。
「猿飛佐助、ただいま帰りましたよっと。あら、多岐さまもご一緒?」
「おお、佐助か!京はどうであった?上様は、ご健勝であらせられたか?」
「もー元気元気。困っちゃうくらい。あ、これ、上様から預かった書状です」
胸元からすっと書状を取り出し手渡すと、幸村は嬉々としてそれを読み始めた。
「是非大助をこの手に抱かして欲しい、折を見て京に連れて参らぬか、と!上様御自ら、斯様な書状を・・・なんという、有り難きお言葉!!」
例に違わず、上様命の幸村が、感激してふるふると拳を震わせていると、佐助が大きなため息をついた。
「ああ〜、そういや、大助様の様子を頻りに聞いてくるもんだから、俺様、参っちゃったよ・・・」
「佐助!無礼な事を申すでない!」
窘める幸村を他所に、佐助は「いや、延々と付き合わされた俺様の身にもなってよ・・・」と未だブツブツ言っている。
「ほほ。上様は幸村様を、御自分の御子息のように可愛がっておられますもの。その御子とあらば、孫も同然にお思いなのでしょう」
「でもさ、流石に京へ連れて行くには、まだ早すぎるでしょ。来年の春以降になりそうだね」
「そうだな、長旅になる。も連れて行かねばならぬし、今から支度させておくか」
「旦那・・・半年以上も先の話じゃない。気が早すぎ!でも、さんねえ・・。あんまり身元のはっきりしない者を、上様の元にお連れするのもどうかと思うけど」
「なんだ、佐助。おぬし未だ疑っておるのか。調べても、何も怪しいところはなかったのであろう?」
「そうですよ!けどね、旦那、真田忍隊が総出で調べてもね、何も出てこないって、逆に怪しいでしょうが!館に来る前日に、武田八幡近くで見かけたっていう村人の証言は取れたけど、それ以前の足取りが一切見当たらないっていうのがね。怪しさ満点!それに、時々独眼竜が使うような、妙な言葉使うし。流石に俺様も忍だとは思わないけど、旦那が先に会ってなきゃ、間違いなく採用しなかったね」
それを聞いて幸村が、ううむ、と顎に手を当てた。
「・・・水菓子をよく食していた、と言っておったぞ」
「はぁ?旦那、急に何の話?」
「いや、それがな。一月以上前の話になるが、民からの献上品の中に、水菓子があってな。八ツ時に共に食そうと思い、 用意させたのだが、その折、が何気に言ったのだ。幼き頃より水菓子が好きで、よく食ベさせて貰っておったと」
それを聞いて、佐助も多岐も、明らかに驚いた顔をした。
「水菓子を?さんが?」
「そうだ。話を聞くに、四季折々、俺も知らぬような津々浦々の、様々な水菓子を食していたようだ。俺が、 今の其方等のように驚いていると、は不思議そうな顔をしておった。何に驚いたのか、分かっておらぬ様子だった。水菓子は高級品が多い。 簡単に手に入る様なものではなかろう?」
幸村とは、大助を挟み、よく語り合っているのは知っている。天井裏で、佐助も時々それを聞いているが、その話は初耳だった。
「旦那の言いたいことは、よくわかった。水菓子をよく食べてたなんて、普通の家じゃないね。一体、何処のお姫様なんだか」
冗談とも、本気ともつかぬ佐助の言い草に、多岐が真剣な顔で述べる。
「そのお話、私は有得ぬ話とは思いませぬ」
幸村が、多岐を見た。
「多岐、何故そう思う?」
「先程私が驚いたのは、やはり、という思いが強かったからにございます。が、姫御だったと言われても、今更驚きはいたしませぬ」
多分、三人ともが、口には出さぬが、ちよについて、遠からず同じよな事を考えいたに違いない。館勤めの者たちの中でも、その様に考えるものは少なくない。
「御二方がお気付きになられていたかは存じませぬが・・。が、初めてこの館に参りました折に着ておりました小袿は、とても上等な絹で、染め、絵付けもそれは見事な品で御座いました。帯もこの辺りでは見た事のない様な、幅広の錦糸の入った織で・・。は母の形見と申しておりましたが、あれは、庶民が手に入れられるような品ではありませぬ。出自の半分は、 作り話でしょう。されど、悪意があって申しているのではないことは、この多岐でもわかります。何か、事情があるのだと思いま する。夫と子を亡くした、というのも、真実でありましょう。それに、火の起こし方も知らなかったような娘でございます。 髪も美しく整えられており、肌も白く、手先も荒れてはおらず、身形も良いでは、初めは訳ありの、どこぞやの武家の妻女かと 思いました。礼儀も弁えておりますし、立ち居振る舞いも悪くはありませぬ。されど、武家のそれとは違いますし、さりとて、公家かと申せば、そういうふうでもございませぬ。豪商の、傅かれて育った箱入り娘が、 駆け落ちの末、というのが一番しっくりくるような気がいたしますが、然しながら、それにしては妙に学がありすぎます。 時々突拍子もない事を、 当たり前のようにして、皆を驚かせたり致しますし、本当に、不思議な女子です。一体何者なのか。それでも、を悪くいうものは、この館には一人としておりませぬ」
「もしも、豊臣方の、取潰しになった家の妻女かなんかだったとしたら?武田に対して、恨みが全くないとは 言い切れないんじゃない?今はああでも、いつか仇なそうと考えるかもしれないよ」
「意外な事を申すものだ。例え豊臣方の者だったとしても、に限ってそれはない。其方もそう思っておる癖に、なんだ」
「・・・まぁ、ね。そこは否定しないよ。変な話だけど」
「そうですわね。私もそう思いまする。は・・信頼に足る女子です。あの者の、若君に対する行動を見ておれば、自然と分かるというもの。幸村様のように、 会ってすぐに、という訳にはまいりませんでしたが」
「あの時は驚きました」と、多岐が苦笑いをしながら言うのに、幸村がいつもの調子で、「結果、皆が助かったのだから、 よかったではないか」 と、悪びれずに言うので、佐助は、人の気も知らないでと、げんなり肩を落とした。
さんってさ、多岐さまの言う通り、不思議だよ。なんていうかさ、あんなに緊張感のない人、初めて見た。 戦の少ない、いい国で育ったんだろうね。平和そのものだよ、あの人」
「なかなか言い得て妙だな。そうだ、は血生臭い香りが、一切せぬ」
何食わぬ顔で、本質を突く幸村に、ああ、やっぱりこの人は変なところで凄い、と妙に感心する佐助であった。
「ほーんと、どっからきたんだかね」
聞いているのかいないのか、幸村は立ち上がり、「佐助、ご苦労だった。今日はもう休め」と、自分は再び文机の前に陣取ると、 書面と睨めっこを始めた。多岐も「また八ツ時にでもお持ちいたします」と下がって行き、残された佐助も、人使いの荒い主の、 珍しくも優しいお言葉に感激しながら、草屋敷に向けて飛び立った。

という人は、三人にとって、どこか浮世離れした、不可思議な存在だった。ふわふわと浮かぶ雲の様に、 いつの間にかここに流れ着き、雲散して、こうして容易に皆の懐に入り込んでしまった。それが、決して不快なものではないと 、忍の己ですら感じてしまうのだから、平和な世の中になったもんだ、と佐助は思うのだった。


2012.08.20