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ドリーム小説 冬支度


朝晩の冷え込みが徐々に厳しくなってきた。寒がりのは温まった寝床からなかなかでられず、今朝も目が覚めて暫く寝床の中でもぞもぞとしていた。それにしても、 掛物がこれでは薄すぎる。ここの人たちは慣れているのか平然としているけれど、分厚い羊毛布団で育ったは、堪らず既に上から手持ちの小袖二枚を追加して、三枚重ね状態である。冬は一体幾重にすれば寝られるのか。 そんなに着物を持っていないし、体温の高い大助を抱いて寝たいと、何度思った事か。其処は何とか押し止まって、今に至る。 そうこう悩ましく過ごしているうちに、館では冬支度が始まり、慌ただしさを見せていた。数人の手によって、納屋から大量の 大きな火鉢が運ばれて行くのを、が驚きながら見ていると、「甲斐の冬は初めてですか?」と女中に尋ねられて、少々焦る。はぁ、まあ・・と、うやむやと答え、 最後に心の中で、この時代では、と付け足した。「ご覚悟なさって下さいませね」と、くすくす笑いながら脅されて、肝に命じます、と答えると、「様のお部屋には、もう一つ必要やもしれませぬ」、温石も幾つ必要かしらと冗談めかして言われるのだった。

の知る甲府は盆地特有の気候で、年にもよるが、大雪が降れば三十センチ程は積もっただろうか、さほど多かった とは思わないけれど、とにかく芯から痺れるように寒かった。ただそれも温暖化が進んだ現代の話で、ここはもっと寒いのでは ないかと、考えるだけで寒くなってくる。そうこうしているうちにいよいよ本格的な冬が到来した。 山々の木々もいつの間にかに落葉し、毎日庭師が落ち葉を掃いていた館の庭も、散策するには少々寂しい景色になってしまった。 想像した通り、寒さは厳しさを増したものの、寝具が冬使用に変わり掛物も綿入りになったので、これは非情に有り難かった。綿入りとは高級 なのだと聞いていたので、自分も使えると思っていなかったは、恐縮しながらも素直に喜んでいた。 それよりも一番驚いたのは、思っていたよりも火鉢と温石の威力はずっと凄く、朝晩以外は思っていたよりも快適だった事。 それでもやはり、寒いは寒い。厠に行こうと一歩室外に出てみれば、壁のない吹きさらしの冷たい廊下に、温もりも眠気も全て吹き 飛んで、目がばちりと開いてしまった。
けれども日中は、真冬の寒さ厳しくとも、大助を強い子に育てるために!と、天気のいい日だけではあるけれど、 散歩を欠かさない。冬用に仕立ててあった綿入りの外套を羽織らせスリングに入れて、その上から更に自分の大きな 外套で包み込んで、顔だけ出すようして、準備万端さあ出発だ!と気合十分に出ていく。こうして抱いていれば、とても暖かい。 二人一緒なら、冬の寒さも乗り越えられる気がする。吐く息は白くとも、心はとても温かかった。毛糸が手に入れば、 可愛いニット帽子を編んであげるんだけどなぁと残念に思いながら、
「寒さに負けない、強くて丈夫な子に育って下さいね」
私も頑張りますからと、願い事をかけるように、日を浴びて気持ちよさそうな頬に、小さなキスを贈った。



明けて新年。正月の祝いは実に盛大に執り行われた。新年を迎え、一つ歳をとる大助は、一応ここでは二歳という事になる。 そんな折、掴まり立ちを始めた大助に感激の幸村が「祝いだ!」と叫ぶと、新年からめでたいめでたいと、館中で大騒ぎになった。 なんだかんだと行事続きの毎日に、慣れぬは流石に草臥れきってしまい、夜になれば熟睡の日々であった。
正月騒ぎが一段落したころ、待ちきれぬ幸村にを命じられて、気の早い上京準備が始まった。今回は染も一緒に行くという事で、 妙齢の女二人合わされば、面倒になりがちな旅支度も楽しくなって。幼子も同行するので、あれもこれも必要だと、選ぶにも 意外に時間がかかる。持って行くにも限度があるので、必要なものを厳選しながら、日々少しずつ取り揃えては、 準備に余念なく。そんな中。


様、これを」
「これは?」
「先程多岐様がお持ち下さいました」
荷にお加えくださいと染が手に持ってきたのは、綺麗に畳まれた着物の様だった。
「幸村様より、様にと賜った小袖に御座います」
私にですか?とが驚いていると、
「はい。上様との謁見の際にお召しになるようにとの、お気遣いに御座います」
「このような物、頂いてもよいのでしょうか・・・?秋にも袴を頂きましたし・・・」
あれも、何も考えずにはいと貰ってしまったけれど、下げ渡すという言葉から、これは目上の人が着ていた高級品だった のではないかと後で気が付いて、貰ってもよかったのだろうかとずっと気になっていたのに、これはどうも、新品らしい。
「若君の乳母殿として、上様の前で恥ずかしくないようにと、幸村様自らお選びになったお品に御座います。どうかお受け取り下さいまし」
そう言われては受け取らない訳にもいかず、手渡されて、ご覧くださいと染に勧められるままにそっと広げてみた。
「きれい・・・」
それは若葉の様な綺麗な淡いグリーン色で、手で触ってみると肌触りのよい綿で出来ているのか、とても気持ちがいい。 「お試しになられてはいかがですか?」と染が立ち上がって、お貸しくださいと言うので手渡すと、後ろから手際よくに羽織らせてくれた。
「丈も丁度よろしいですね。萌木色がとてもお似合いですよ」
そうですかと照れながら、もう十分です汚すといけないからと、手早く畳み始める。
「次にお会いした時に、お礼を申し上げないと」
すると、染が急に笑い出したので、どうしたんですか?と聞くと、
「いえ、申し訳ありませぬ。少々昔を思い出しまして、」
「昔?」
殿には内緒でございますよと、染が声を小さくしてににじり寄った。
「幸村様がこのようなお気遣いをお見せになるとは、思いもよりませんでしたので、」
つい、と未だ収まらぬのか、口元に手をやって、笑いを堪えている。
「御方様との馴初めは、ご本人様よりお聞き及びのことと存じますが、その後の話に御座います。幸村様は本来女子の扱いなど 、とんと知らぬ御方で御座いました。祝言を挙げたからといって、直ぐに変われるものでは御座いませぬ。夫婦となられた後も、 しばらくお二人がぎこちなくされておりましたので、猿飛殿をはじめ周囲の者が贈り物などしては如何でしょうと幸村様にご提案 致しました所、これがまた小袖ひとつ贈るのに何がよいかと右往左往なさって、それは初々しいご様子で御座いました。 それを御方様へお渡しするにもまた時間がかかりました。皆微笑ましく思いながらも、最後には、はらはらしながら 見守ったもので御座います」
それが、この様に女子へのお気遣いに長けてしまわれて、何やらそれはそれで寂しい気も致しますと、染が眉を下げて、 その目は何かを懐かしむように細められた。それはの知らない躑躅ヶ崎館の日常風景だったのだろう。
「でも、それは奥方様にだからではないですか?私のような下々の者とは違いますよ。好いた御方に渡すのであれば、 今でもきっと、同じようになさると思いますよ」
「左様に思われますか?」
ひとつ頷いて、なんでそんなことを聞くのだろうとが首を捻っていると、なんでも御座いませぬ、支度の続きをいたしましょうと、染が話を切ってしまったので、 そこで終わってしまった。
「そうでした、ころ柿も頂戴したのを忘れておりました。一緒に頂きませぬか?」
「ころ柿ですか?私、大好きなんです!」
「それはよう御座いました。今年は出来が良いそうで、献上品を幸村様が館の皆に分け与えて下さったので御座います」
早速お持ちいたしますと自室に戻る染の背を見ながら、は思い出していた。毎年冬になると、母が渋柿をベランダの軒下に沢山ぶら下げて、ころ柿を作っていたのを。 小さい頃は早く食べたくて、毎日まだ?まだ?と聞いて困らせたりして、仕方がないなぁと、少し早めに食べさせてもらっ たり。思い出も相まって、ころ柿と聞くとは母を思い出すのだ。
暫くして、染が持ってきたころ柿に目を輝かせる。丁度昼寝から目覚めた大助に、少し乳をやってから膝の上に座らせて、 ころ柿を小さくちぎって口に寄せるてやると、美味しそうにもごもごと頬張り始めた。口に入れてやるときに、ちょこんと 見える乳歯が何とも言えず可愛い。
「御父上様に似て、甘いものがお好きなようで御座いますね」
と、染も手にしたころ柿をかぷりと口にした。若君、これは真に美味しゅう御座いますと、大助を嬉しそうに見ている。最近大助は人が何かを食べていると、ちょうだ いちょうだいと手を伸ばしてくる。甘いものに限らず今のところ好き嫌いなく、食べる事がとても好きなようなので、 その点はとても助かっている。それに離乳食を始めた頃から、乳を飲みたがることも自然と減ってきた。卒乳は 意外に早いのかもしれない。そう思うと、それはそれで寂しいのだけれど。
もちぎって口にする。懐かしい味がして、何だかほこほこした気持ちになった。食べ終わったのか、大助がくれくれと 手を伸ばしてくるので、ちぎっては食べさせを繰り返してるうちに、殆ど大助が食べてしまった。
「それにしても、今日は冷えますね」
「確かに。炭を少し足しましょう」
染が立ち上がって障子戸を開けると、ちらちらと白いものが舞っている。
「まあ、雪が」
「初雪ですね」
どうりで冷えるわけです、と染が肩を震わせながら、下女中に炭を持ってくるよう命じていると、どすどすとこちらへ 向かってくる聞きなれた足音が聞こえて、
「あら、いらっしゃいましたよ」
噂をすれば、で御座いますわねと、染が可笑しそうに笑った。


2012.09.15