ドリーム小説
上京 二
「上様!真田幸村、参りまして御座います」
「来たか幸村!入るがよい!」
「はっ、失礼致しまする」
いよいよ将軍、武田信玄との対面の時。幸村に続き、も謁見の間へと足を踏み入れる。
「久しいな幸村、呼び立ててすまなんだ。ほれ、もっと近う来ぬか!」
「ははっ」
膝を進め、幸村が手を付いた。
「上様、お久しゅう御座いまする!!」
幸村の威勢のよい礼に従って、も頭を下げた。野太い声で面を上げよとの声が掛かり、ゆっくりと頭を上げると、正面奥に座す、壮年の男。
髪は坊主、口髭が見た事のある肖像画と同じで如何にもそれらしく、迫力のある大きな体躯は、そこにいるだけで人を圧倒
する力がある。けれどもそんな見た目の印象とは裏腹に、その表情は待ち人来たりと、喜びを隠そうとしていない。そして下
座にもう一人、片目に眼帯をした、若い男がいた。幸村よりは幾分か年嵩に見える、
少々強面の美丈夫。その男が、じっとこちらを見ていた。佐助が言っていた、会いたくない客とはもしや、この男の事なのだろうか。男は何を考えているのか、
その切れ長の目で、じろじろと不躾な視線を送ってくる。こんなところにいるのだから、偉い人には違いない。何か無礼な振
る舞いでもでもしたのだろうかと、は少し怯えながら、その視線から逃げるように、また俯いた。
「政宗殿もいらしていたか!」
幸村が話しかけた事によって、男の視線が逸れたので、隠れてはほっと息を吐いた。
「よう、真田。変わらず元気そうじゃねえか。猿はどうした?今日はいねぇのか?」
「政宗殿もお元気そうでなにより。佐助なら居りまするぞ」
一瞬だけ視線を天井にやり、ふんそうかと鼻白む政宗に、「今日は片倉殿は居られぬのか?」と幸村が尋ねれ
ば、所要で屋敷に置いてきたと言う。二人が他愛もない会話をしている間、俯いたままのは、別の思考に入っていた。政宗。政宗と聞いて、あの眼帯。流石のも知るその名。これはもしや、あの有名な伊達政宗なのか。その伊達政宗が、今も目の前で幸村と言葉を交わし合う中で、
HeyだのYesだの、何故か英語を使っている。本当に伊達政宗なのか、英語喋るし、若すぎるし。けれども、ここはそういう所なのだ。がぐるぐると思考を巡らせていると、痺れを切らした信玄が、二人の会話に割って入った。
「二人とも、話は後にせい!これ幸村!何をしておる、大助を早う儂に紹介せぬか!」
「も、申し訳ござりませぬ!」
焦れた将軍の一声に、慌てて幸村がの腕から大助を抱き上げ、
「我が嫡子、大助に御座いまする!」
と、信玄の元へ連れて行く。
「おお、よしよし、来たな来たな!」
信玄がその大きな手で抱き上げ膝に乗せやれば、不思議なものを見るように、じっと信玄の顔を見てから、父の顔にはない髭
が珍しかったのか、その顔をぺちぺちと触り出した。これ大助!と幸村が慌てていると、
「よいよいこれしきの事、何ともないわ。大助よ、この爺にもっとよく顔を見せてくれ」
信玄が話しかけていると、「じーじ、」と確かに大助が口にした。
「今なんと申したか?もう一度言ってみよ、ほれ、爺じゃ、爺、」
信玄が催促すれば、「じーじ、じーじ」と声に出して復唱する。
「大助が言葉を・・!」
大助がはっきりと言葉を喋るのはこれが初めてで、その事を信玄に伝える幸村の声が、上擦ってしまっている。
「なんと、儂が一番か!幸村、すまなんだのう。大助よいか、父も呼んでやらねば、泣いてしまうぞ。とと様じゃ、とと様、」
信玄が幸村を指さしながらそういえば、同じようにまた真似をして幸村を指さすと、「とと、ととー」と言った。あ、幸村様の
頭に花が咲いた。後ろから見ていたはそう思った。
「今のを聞いたか?!」
ぱっと幸村が後ろに振り向いた。余程嬉しかったのだろう、がおめでとうございますと言うと、幸村はうむと頷いた。信玄を父のように思い慕っている幸村に
とっては、二重の喜びになったようだ。
「大助は幼き日の幸村によう似ておる。口元は利世かの?なんとのう、愛いものよ」
孫をあやす様に頭を撫でながら、
「しかし、こうも早く母を亡くすことになるとはのう。なんとも不憫よ。よいか幸村!母の分も大事にしてやるがよい
ぞ」
「勿論に御座います!言われるまでもなく某、命に代えましても!」
「その意気やよし!流石幸村よ!」
お互い拳を握りしめ、一歩片膝を前に立たせ、飛び掛からんばかりの状態で向かい合った。
「上様!!」
「幸村!!」
「うえさ・・!「はいはいそこまで〜」む、佐助!」
始まりかけた大声合戦に、天井裏からぶらりと逆さまに現れた佐助は、全くもうと呆れ眼で、
「若様が泣き出しそうですよ?ったく親になってもこれだけは変わんないんだから旦那は。ほら、さんもあんなに驚いちゃって」
幸村が二人を見れば、ぽかんと口を開けて固まっていると、信玄の膝の上では今にも泣き出しそうな程眉を下げた大助の顔。
「な、なんと!す、すまぬ!」
がばっと勢いよく乳母に頭を下げる幸村に、がまたもや吃驚して、「お止め下さい!何ともありません!」と必死
に止めに入り、信玄は信玄で、「すまなかったのう・・・」と一応反省はしたらしく、高い高いで大助の機嫌をとり、
そんな風に二人を叱れるのは多分彼しかいないと思われる佐助は、「顔出したくなかったのに・・・」とぼやきながら、
やれやれとさっさと天井裏に引っ込んでしまった。
「で?その女は誰なんだよ。さっさと紹介しねぇか」
それまで黙ったまま、一部始終を蚊帳の外で面白そうに見ていた政宗が、ついに口を挟んだ。
「さ、左様で御座った!申し訳御座りませぬ、紹介が遅れ申した。この者は大助の乳母、に御座います!」
急に話の中心に置かれ、は焦った。
「書状に書いておった乳母であるな?」
「左様に御座いまする。、」
しっかり!と何処からともなく聞こえた佐助の声が聞こえた。躑躅ヶ崎館で多岐に習った通りにすれば大丈夫と、
胸に手を当て小さく深呼吸を繰り返すと、は三つ指をついて、最後に大きく息を吸い込んだ。
「お、お初に御目文字仕ります!大助様の乳母役を務めさせていただいております、と申します。本日は御目通り叶いまして、恐悦至極に存じます!」
一気に最後まで言い切ると、深々と頭を下げた。
「遠路はるばる大儀であったな。まあそう硬くなるな。面を上げよ、気楽に致せ」
それが出来れば苦労はしないと、は思った。将軍様を目の前に、緊張するなという方が酷というものだ。
「大助が其方だけには懐いておると聞いたぞ。其方が来るまで、どの乳母にも懐かず、館中誰もが困り果てておったそうではな
いか。其方の功績は小さくはなかろうて。よく勤めているようじゃな」
「Really?そんな苦労があったようには見えねぇけどなぁ」
大人しくしてるじゃねえかと、腕を組んだ政宗が大助を見て首を傾げた。
「真に御座る。一年前、ちよのお蔭で館の皆がやっと、安心して眠れるようになり申した。その、某に似て大助は
声が大きく、一度泣けばそれは、」
「Ha!それより、俺としちゃあ、お前がやや子を作れたってことの方が、よっぽどMisteryだぜ!何かと破廉恥破廉恥言って
たくせに、ちゃんとやるこたぁやれんじゃねぇか」
幸村がブフォとむせ返った。も思わず吹き出しそうになった口を、慌てて両手で塞いだ。躑躅ヶ崎館でも、主の純情話が話のネタに上ることが
多々有りはしたけれど、よもや他国の城主にこうも言われるとは。の知る幸村は、出会った時から父親だったので、政宗がそこまで言う理由がわからない。彼らの昔を知らぬが、「ミステリー・・、そうかなぁ」と無意識に呟やいたのを、政宗が聞きとめたのか、一瞬眉を潜めた。
「ま、政宗殿!行き成り何を申されるか!我が子の前で!」
げほげほと咳き込みながら、真面目な顔でどこか頓珍漢なことを言う幸村に、あほか何もわかりゃしねぇよと、
政宗が仰々しくため息を付いた。
「はっはっはっ!独眼竜、それには儂も同感よ!こやつのあまりの初心さに、最早子の生し方も知らぬのではと
心配しておったのだが、六年前、戦場より大谷刑部が娘を我が嫁にと陣中に連れ戻った折には、それはもう、天地が
引っ繰り返ると思うたほど、誰もが驚いたものだわ!」
「う、上様まで!!」
「やるじゃねぇか真田!」
上手の二人に弄られて、茹蛸の様に真っ赤になった幸村が、「その辺でもう勘弁して下され・・」と弱弱しく言えば、
周りの楽しそうな雰囲気に釣られたのか、追い打ちをかけるように大助がぱちぱちと手を叩くものだから、幸村は止めを
刺されたようだった。政宗などは、よくやった!と遠慮など欠片もなくげらげらと腹を抱えて笑い出し、信玄も悪乗りしたのか、
「若虎も、我が子の前では形無しよのう」等と、冗談なのか本気なのか。
「して独眼竜よ、そなたもちと抱いてみぬか」
未だ笑いの収まらぬ政宗に向かって、ほれ、と目じりを下げながら問うた信玄に、驚いた政宗は、
「No!遠慮するぜ。おれは餓鬼が苦手なんだよ」
「何を言うか。お主のところは未だ子がおらなんだか?」
「娶ったばかりだ。追々な」
「某も聞き及んでおりまする。独眼竜殿が奥方を、それはそれは大事にされているのを見て、城中の者から「愛
姫」との愛称で呼ばれておるとか」
話題が変わって少し落ち着いたのか、幸村が話に乗る。
「なんでテメェが知ってんだよ・・」
「佐助から聞き申した。いつき殿も幸せ者に御座りますな」
「・・・・猿」
天井を見上げると既にそこに気配はなく、逃げやがったな、と政宗は舌打ちをした。
「来たる日のための訓練と思えばよいではないか。幸村、」
呼ばれた幸村が、信玄の手から大助を受け取り政宗の元へと連れて行く。
「抱いてやって下され政宗殿。奥州の竜に抱いてもらったとあらば、大助も強き男の子になれましょう」
お頼み申すと渡されてしまえば、仕方がねえなと口にしながら柄にもなく恐る恐る幼子を抱く姿に、これは珍しい物を見たと
信玄は思った。
「小せぇなぁ」
「それでも大分大きくなり申した。日々成長してゆく姿を見るのが楽しみで仕方がありませぬ」
もう歩くことも出来まする!と、素直に喜びを口にする幸村は、これぞ親馬鹿と言うのだろうが、されど
、政宗は少し羨ましくもある。
「餓鬼なんて、みんなそんなもんだろ。もういい、返す」
「もうよろしいので?」
「十分だ」
幸村はそのまま大助を立たせて、の方へ身体を向けてやると、ふらふらとしながらも前に手を伸ばしながら、とてとてとに向かって歩き出した。小さな足が小さな歩幅で十数歩、歩いたところでが抱き止めた。よくできましたねと、
褒めてやると、を見上げてにこにこしながら、何かを言っている。聞き取れず、なんだろう?と思っていたら、幸村が、「もしや、の名を言うておるのではないか?」と言うので、
「そ、そうでしょうか」
言われてみればそうかもしれないと、都合よく考えてしまえば、成程、胸がきゅんとするというか、うるりときて、先ほどの幸村
の気持ちがよく分かった。確かに、これは嬉しい。
「それにしても、今日の大助は随分と機嫌が良いな」
「大助様がご機嫌なのは、きっとお父上が嬉しそうにしていらっしゃるからですよ」
「そういうものか?」
「はい」
「それにしても上様、政宗殿と。お主は真に果報者であるな」
忘れるでないぞと、いつもの様にの膝の上を陣取った我が子の頬を、幸村が人差し指でつんつんとつついてやれば、いやいやとの方へ逃げるようにすり寄った。そのなんとも平和な様子を見て、信玄も政宗も、何だあれはと毒気を抜かれてしまった。
「おい、虎のおっさん」
幸村らには聞こえぬように、小声で話す。
「うむ?」
「あいつら出来てんのか?」
「さて、儂は聞いてはおらぬが、」
送られてくる幸村の書状に、一年前から登場するようになった乳母に興味を持って、連れて来るよう言ったのは、
信玄本人だった。会ったことはなくとも、大概の事は書状で知っていただけに、ふむ、とちらり天井を見やるが、聞こえているはずの其処からは何の反応もない。
「まるで夫婦じゃねえか。正室が死んだとは話には聞いてたが、あの様子じゃ、そのうちあれを側室にでもする気か?」
「それならば、先ず儂に話をしてきそうなものだが、」
加えて、幸村が信玄に隠し事をするようにも思えない。信玄はううむと腕を組む。
「それに、あの女・・・、」
「如何したか?」
「いや、なんでもねぇ」
そこで信玄が何かを思い出したのか、おお、と声をあげた。
「忘れるところであったわ!明日は其方の為に宴を催す故、泊まり支度をしてまいれ」
「お気遣い有難く存じまする!さすれば、此度甲斐より上様の好物を土産にと、多数持参致しました故、明日一番に届けさせまする」
「それは実に楽しみである!酒の肴に丁度良いわ。甲斐の様子も聞かせてくれ」
「ははっ!」
「お主も長旅で疲れておろうに、よう来てくれた。今日はもう屋敷に帰るがよい。大助も忘れず連れてまいれ。老いぼれの楽
しみじゃ、くれぐれも頼んだぞ」
「畏まりまして御座います!では上様、また明日に。御前失礼いたしまする!」
幸村がお辞儀をするのに合わせても大助を膝に乗せたまま頭を下げた。幸村は立ち上がりかけて、ふと政宗を見れば、
「政宗殿も、今日は屋敷に戻られるのか?」
「ああ。それから、俺も明日の宴に参加させて貰うつもりだぜ」
どうせ朝まで酒盛りだろ?と甲斐の虎に負けず劣らず酒豪の政宗も、されば明日は城に泊まるのであろう。
「なれば。お時間あらば明日にでも、久方ぶりにお手合わせ致しましょうぞ!」
「OkOk、望むところだ」
幸村らが去った後、政宗が、再び口を開いた。
「おっさん、真田から聞いてんだろ。あの乳母、何者だ?」
「何者、か。親も子も亡くし、天涯孤独の身で館にまいったと幸村は言うておったが。・・・しかし、何やら・・そうか、」
似ておる、か、と呟いた信玄に、
「誰にだよ」
「死んだ幸村の正室じゃ。会うたことがあるのではないか?」
「真田の嫁か?甲斐に行った折に幾度か会ったことはあるぜ。似てるか?あれが、」
「面差しが、という意味ではない。なんぞ、雰囲気かのう?」
信玄が何を感じ、そう言うのか、政宗にはわからない。
「天涯孤独の身っつったってよ、数年前まで、日の本中で戦があったんだぜ?そんな奴、そこいら中にごろごろいる。
珍しもんでもねぇ。そんな身元不明の怪しいのを、大事な跡目の乳母にするほうが、どうかと思うぜ」
政宗の言葉は、至極当たり前の反応ではあるのだが、
「幸村が良しとするならば、問題なかろうて」
そんな軽い反応でいいのか?と、政宗は呆れながらも、
「まあ、あの猿が野放しにしてんのを見ると、そうなんだろうがな。Well, I never・・・ 相変わらずだな、アンタも真田も」
そういうのを甲斐性っていうんだろ?と、政宗が言えば、
「はっはっはっ!伊達男に斯様に申して貰えるとはな、名誉な事よ!」
満足気な信玄が、にやりと笑った。
2012.10.19